Work-life balance







重力に逆らえず天井から落ちた水滴が、たっぷりと張られた湯船の中に落ちて水音を立てる。
普段ならは気にならない音が耳に入るのは、この状況がいつもと違うからだろうとアヤナミは一人推測する。

「そろそろ出ないか?」
「まだダメ。」

向きあう形で湯船に浸かる己のペットの我侭に、アヤナミは仕方ないとため息をついた。








そもそもこんな状況になったのは自分が悪い。


休み明けから大量の書類に見舞われたアヤナミは、ほぼ毎日会社に宿泊するようになり、ミカゲと出会う以前のワーカーホリックぶりを取り戻していった。

会社に連泊し始めてから3日、昼頃にミカゲからちゃんと食事はしているのかというメールが一件。
あまり食べていないと返すと何故食べないのかと再度メール。心情を表したような、文字なし一行のみの内容に思わず眉間に皺が寄る。
何故と言われてもアヤナミには良く判らない。あえて言うなら、食べる気が起きなかったからだ。元々ミカゲと食事する時以外はほぼ食事らしい食事はしていない。
携帯でメールを打つのは得意ではない。食べない理由をメールで書くのは面倒だと、とりあえず今日には一段落着くのでいつもの時間には帰る旨を伝える。


返答、なし 。


普段から感情が豊かなミカゲは、メールの内容も表現も非常に豊かだ。文字だけのメールを初めて見て、不快に思うより先に若干焦っていたアヤナミは、いつまで立ってもメールを受信する様子に本日中に仕上げなければならない作業のみ早々に終わらせ、仕事を切り上げた。



帰宅して待っていたのは、あまり固形物を食べていなかった体には丁度よい卵とじうどんと、あまり喋らないミカゲ。

重たい空気の中で食べる食事は、たとえそれがミカゲと一緒でもあまり美味しいとは感じないのだとここで初めて知った。

食事後、片付けを手伝おうとするアヤナミを制し一人で片付けを済ませると、ミカゲは眉間に眉を寄せたまま「風呂、入ろう。」とアヤナミの手を引いた。









「お前と初めて入る風呂が、こんな形になるとはな。」

相変わらず握られた手を見つめたまま言えば、うつむいたミカゲの体が僅かに揺れた。
非難されたと思われただろうか、アヤナミは目を細めると空いている手でミカゲの頬に触れて、体を寄せる。
怒っているわけではないと伝えれば、相変わらず顰めっ面を浮かべたままのミカゲが見上げてきた。

「すまなかった。」

体が温まりやすい体質なのか、ミカゲの頬は暖かい。
ぱちりと瞬いたミカゲの目に先程ほどの怒りが見えなかった。
そのかわりに目に写るのは眉を下げてこちらを見つめてくる姿。
まだ幼さの残る体つきにみずみずしい肌。疲れているというのに触れてみたいと思ってしまうのは、形のよい鎖骨も初めて見るからだろう。アヤナミは未だにキス・・・しかも軽い挨拶程度のもの以上を、ミカゲと経験してはいない。
腹を立てられているというこの状況で、欲情してしまっている自分を愚かだと自嘲して、それでもアヤナミはミカゲの唇に己のそれを重ねようと顔を近づけた瞬間、両側からざばりと湯船が跳ねた。

「ちょい待ち。」
「・・・だからと言ってそこまで渾身の力で頭を押さえつけずとも良いだろう。」
「頭突きのが良かったか?」
「どちらも断る。」

真っ直ぐアヤナミの顔を見つめたまま、真顔で首を傾げてくるミカゲに若干の威圧感を感じ、やはりいつも笑顔を絶やさない人間から表情が無くなるのは恐ろしい等と考えてしまう。
しばらく至近距離でお互いを見つめ合っていた二人だったが、やがてミカゲが顔を下ろすとわざとらしくため息をついた。

「あのさ、お前俺が怒ってる理由わかってないだろ。」

両腕でしっかりとつかまれている頭を後ろに下げられたので、おとなしく体を離す。
お前を放置していたからではないのかと問いかけると、湯船に使っているからではない朱を頬にのせ、上目遣いのままアヤナミを睨みつけた。

「それは仕方がないだろ。仕事なんだから。俺が怒ってるのはそうじゃなくて・・・頼むから、ご飯はちゃんと食ってくれ。沢山じゃなくて良いから、あったかいもの。」

ミカゲの言葉に、今度はアヤナミが目を瞬かせた。
滑るような動作で頭から両頬に自らの手を移動させたミカゲは、目を眇め改めてじっくりとアヤナミの顔色を見ると、やっぱり、とつぶやく。

「せっかく顔色良くなってたのに、元通りになっちまってる。」
「私の体調を心配して怒っていたのか。」

呆れたようにつぶやくと、困ったようにミカゲが笑う。

「今更だろ。」
「・・・すまない。」
「ばーか。」

温かい掌が頬から離れていく。その手を名残り惜しいと感じて見ていると静かに湯船の中に戻っていった。視線を上げると、自分の事をいとおしそうに見つめてくる瞳と少し首を傾げてはにかんだ笑顔を見せた。

「謝るくらいなら、ちゃんと帰って来いよ?めいいっぱいいいもん食べさせるからさ。」









「・・・ところで何故風呂なのだ。」
「相当疲れてるっぽいから、上がったらさっさと寝かせようと思って。オレいないと寝ないだろうからついでに一緒に。」

(・・・生殺しか・・・!)









fin












-----------------------

某ひとことツールでの診断から。

他の作品で詰まってたので、息抜きで書き始めたつもりなのに本気になってた。アヤミカおそるべし。
にしても私はどれだけアヤナミ様に食事させたいんでしょうね。あんな青白い顔してるからだろうけどね。