Progress was entrusted to a pet!
「私の家で飼われないか?」
そう言われ拾われて、早2ヶ月。
あの人とオレの関係は、飼い主とペットというよりもただの同居人のような、宙ぶらりんの状態です。
服を着替え、ついでに買ってきたスリッパからタグを取って履いてみる。
昨日まで使っていたのは客用として使えるので玄関に残しておいて、ふわふわの感触を足の裏で楽しむ。
犬の形を模して綿が詰め込まれたそれは、女の人が好みそうな形ですこし抵抗があったのだが、足元を温めてくれるそれに完全に羞恥心は消え失せてしまった。
フローリングだらけのこの家では、靴下を履いた程度では足もとの寒さは拭えない。
床暖房をつければいいだろう、と同居人・・・飼い主と言ったほうがいいんだろうか?には言われているが、一人でいるのにそこまで電気に頼りたくない。
ヒーターを稼働させて晩ご飯の準備をしながら、ミカゲはひとりごちた。
「いくらあいつが高収入だからってつかえねーっつの。」
そう言えばきっと眉だけ上手に動かして、あの無表情の中に不機嫌さを浮かべるんだろうけど。
茄子のグラタンにミネストローネスープ。あまり濃い味が好きではないのを知っていながらミカゲは今日の晩御飯をほぼ完成させた。
あとはレンジでグラタンを熱して完成だが、それは飼い主から帰宅の連絡が来てからだ。
汚れがつくからと買ってもらったエプロンを脱いで、思い出して冷暗所を覗き、目的のものを確認してほくそ笑む。
そこには自分には飲めない、否、実家では稀に飲ませてもらっていたのだけれどここでは飲ましてはくれないものが保管されており、また保管している本人も滅多なことでは開けないものがあるだが、先月にも一杯だけ飲んでいたのを思い出したので確認したのだ。
最初は何故だか分からなくて聞いてみたのだが、あいにく答えを教えてくれなかったので必死になって自分で答えを探した。考えて考えて気づいて、気づいたとたんに顔に熱がたまった自分をみて彼は笑った。
だからと言ってその後に何があったのかと言うと、そうでもなく。
去年の春から同居していた友人と、仲良くしていた隣人が付き合い始めてから、なんとなく帰りづらくて夜の住宅街を彷徨っていたのを猫として飼われてみないかと拾われて、最初の2週間は友人曰く「通い猫」、そこから何故かミカゲの住んでいる家を突き止めた彼は、学校帰りのミカゲを玄関扉にもたれかかりながら待ち構え、なんでいるんだと喚く体を抱き上げて今いるこの家に帰ってきたのだ。
・・・お前の帰る家は、ここではないのか。
無表情に平坦な声で、でも何故か縋るように聞こえた声に思わずうなづいていた。耳が熱かった気がするのはきっと気のせいだけど。
それからは荷物もこっちに移動して生活しているけど、その間になにかあったのかと問われれば「特にない」だ。
大事に「飼っている」のか、そういう方面では興味がないのか、アヤナミがミカゲに求めるのは一緒の布団で寝ることのみで、それ以上を求めることはない。
何かをしたいとは思わないのか、と問いかけようとしてミカゲはいつも思いとどまる。
聞く答えがどっちか分からないから怖いからじゃない、答えがわかっているから聞けないのだ。
自分用にホットココアを作り上げると、ミカゲはリビングに移動してアイボリーのソファにその身を沈めた。普段ならここで学校のノートを広げるのだが、今日は課題もないので相手から連絡が来るまでとテレビの電源をonにする。
求めているわけでもないのに、そんな事を聞くのはおかしいだろう。
帰結する答えはそこで、だからこそ今さら聞くのは躊躇われるんだけど。
ココアを両手で持ったまま煙に誘われるように天井を見上げ、そのまま視線だけを動かして壁に掛けてある時計を見る。白と黒だけで構成された、機能重視らしいシンプルな時計。
アヤナミが帰ってくるいつもの時間までは大体2時間ほどになる。連絡がくるのはその1時間前。
それまでの時間甘い匂いで空間で満たして、甘さなんて期待も出来無い自分の日常を騙す。
「う〜、何考えてんだ。オレ。」
友人とその恋人の話に当てられて切なくでもなっているのだろうか。
カップの縁に唇を押し当て、ミカゲの口にはまだ熱いココアを口に含み、口内に広がる甘みに頬を緩める。
どうせ劇的な変化なんてないんだ。向こうだってそのくらい判っているだろうし、だからこそ今まで何も手を出してきたりしないんだろう。
カップをテーブルの上に置いて、行儀が悪く膝を曲げて両足をソファの上に上げ抱きかかえる。
自分がこれだけセンチメンタルになっているのは、きっとあの自覚なく惚気る親友達の所為だ。昼間に当てられたそれらを思い出して、少しふてくされながら両膝に顔を埋めた。
きっとそんな風に想うことなんてないだろう、と思っていたのに、知らない間に想っていた。
お互いに暮らしやすいようにいただけだ。多少のわがままは少しずつあったけど別に許容できる範囲内だし、むしろそういうワガママは自分の方が多い。特に最初に言った何もしないでほしいというのは最上だと思う。最も、その言葉が今はミカゲ自身を悩ませている。
・・・愛して欲しいなんて言えるわけがない。けど、自分から言わなければきっとアヤナミは何もしない。
飼い主の彼はそうなることなんて実はとっくに知っていたんだろうか。だからあの時は存外簡単に引いて、後でミカゲを悩ませようとしていたのか。
だとしたら計算高いのも考えものだぞ、とごろりとソファに横になって頬をふくらませる。大人三人分をゆうに座らせる大きさのあるソファはミカゲの体をすっぽりと包み込んでくれ、背にあったクッションを引き上げてその上に頭を載せた。
少しだけ意地悪をしてみたい。あるいは驚かせてみたい気もする。
どうせなら驚かせながら、自分の気持を伝えられたらいいかもしれないと思うが、そんな方法あるんだろうか。
アヤナミが帰ってきてない状況だからか、一つ驚きそうなものが浮かんだがそれでは自分が恥ずかしいから駄目だと緩く頭を振って、瞼が落ちて行くのも気にせずミカゲは思考の中に入った。
「いい加減起きたらどうだ。」
単調な低い声に誘われて目を開けると、目の間に件の飼い主・・・・の、顔があった。
陶器人形かと思うほどに表情がない状態で見てこられたので、現実感がやってくるまで一瞬のラグが出来る。
「・・・今何時?」
「9時だ。」
返ってきた返事に瞬きを繰り返すと帰るのが遅くなったんだと付け足すように言ってきた。
それにしたって遅いような、と何気なく手を伸ばすと相手の顔に届く前に指が絡められてくる。いつも低体温の手だが、冷え切っているわけではない温度とスーツを脱いでいる様子に今帰ってきたばかりではないようだとほっと息を吐いた。
「ごめん寝過ぎた。もしかしてご飯食べてきたのか?」
「いや、もう作っているだろうと思っていたからな。」
視線だけで示す先には、眠る前に自分が作り上げていた料理が並んでおり、まあ確かにアレを一人で処理するのは難しいなあと喉を詰まらせる。グラタンを朝ごはんにさせるわけにもいかない。
「なら腹へってるよな。すぐにあっためるか、ら?」
起き上がろうと体を起こしかけた時に、今までただ絡めていただけだった手に力を込められたのを感じてテーブルに向けていた視線を下げると、訴えるような視線とかち合ってまだお帰りなさいと言っていないことに気づく。
多分この人はその為に引き止めたんだろうなと思ったが、同時に眠る前に考えていたことが頭にちらつき自然と視線をそらしてしまう。
「どうした。言いたいことは判っているだろう。」
「そうデスネ。」
だからわざわざ視線を合わせようとしなくてもいいからとまた視線をそらすと、今度は握った手の力が一層強くなった。
お帰りぐらい、またなくても自分からただいまと言ったらいい気がするのだがアヤナミはいつも先に言われるのを待つ。まあ自分もいつも先に言ってるので後から言うと違和感があるのだが、そういえば最近は帰る場所がここで定着してきたのか、実家に戻るときも「帰る」とは言わない。
やっぱり最初から、彼がここに定住させると決めてしまった時から、自分が彼を求めるようになるのはわかってたんじゃないだろうか。それが長期戦になるのも承知の上ミカゲから絆されていくように仕組んでいるのかもしれない。でもそんな事聞いてやるもんかとアヤナミの手を握り返すと、ずっと視線を向け続けている飼い主に顔を寄せ、わずかに見開いた目にすこしだけ笑みを浮かべながら額に軽く口付けた。
「お帰り。」
やってから少し恥ずかしくなってアヤナミの肩に顔を埋めると、慰めるように頭を撫でられた。
ああ、やっぱり飼い主は少しずつ自分のペットが絆されるのを待っているんだろうな。
判っていても、転がり始めたものは止まらない。
その内自分も自覚なく惚気るようになるんだろうかと思いながら、優しい手に身を委ねた。
fin