パパ長官は心配性
「ぱぱっ!お帰りっ!」
扉を閉めた瞬間に聞こえて来た声に振り返ると、嬉しくて仕方がないといった顔をしたミカゲが丁度リビングの扉から顔を覗かせたところだった。
小さな子供には少し広い廊下を、パジャマ姿でぱたぱたと掛けてくる足音に、アヤナミは目を細める。
「ミカゲ、あまり廊下を走るなと、何度言ったら判る?」
「あ…っ!ごめんなさい。」
喜色満面の笑顔だった顔はたちまち塞ぎこみ、まだ靴も脱げていない父にぺこりと小さな頭を下げる。
素直な行動に目尻を緩め、背中を曲げて息子の頭を撫でた。
「今度走った時は許さんからな。」
「…っうん!」
許してもらえたのが嬉しかったのだろうか。背筋をしゃんと伸ばして、見上げた顔はどことなく嬉しそうだ。
アヤナミは靴を脱ぐと、無表情の己とは反対ににこにこと笑っている自らの子を抱き上げて、ミカゲの寝室に行くべく廊下を歩き出した。本当なら五歳の子供が起きているには遅い時間なのだ。
「今日もおつかれさまでした。ぱぱは今日はどんな仕事してたの?」
「ほとんどが会議ばかりだったな…お前はどうだったんだ?」
自分の話をしても子供のミカゲにはまだ難しいだけであることを心得ているアヤナミは、すぐに会話の主役をミカゲに明渡す。腕の中でミカゲはうーんと頭をめぐらせていたが、急に目を瞬かせるときらきらした瞳で話はじめた。
「あのね、今日はフラウにーちゃんにおおきくなーれーして貰った!」
「おおきくなーれー?」
「うんっ!」
記憶をたどってフラウという者を思い出す。確かこの近所に住んでいる少年で、何度かミカゲたちと遊んでいるのを見た記憶がある。ミカゲの部屋まで行くと、満面の笑顔で頷くミカゲをベッドに下ろした。
「そのおおきくなーれーと言うのは、どんなことなんだ?」
小さな体をベッドの中に入れ、自らはベッドサイドに腰掛けて問う。するとミカゲはあっと小さな声を出してしまったという顔をする。勿論それをアヤナミが見逃すはずがなく、柔らかい枕に埋まっている頭を撫でるともう一度問うた。
「ミカゲ、おおきくなーれーというのがどんなことか、お父さんに説明しなさい。」
「…ぱぱには、ないしょ。」
「何故だ?…隠れて逃げようとするな。」
ミカゲはもそもそと掛け布団を持ち上げて姿を隠そうとするがそれを片手でやんわりと止めると、少しきつい口調でミカゲを諌めた。目元だけが見える状態で布団を持ち上げられなくなったミカゲは八の字に眉を下げると、子供特有の大きな瞳を瞬かせて布団の中で首を少しだけ傾けた。
「いっても、おこらない?」
「話の内容による。」
つまりは、話の内容によっては怒るということ。
それを敏感に察知したのか、怒らせたときの父親がどれほど怖いか知っているミカゲは言いにくそうに辺りをきょろきょろとしていたが、やがて諦めたのか上目遣いで父親を見上げると、ぽつりと呟いた。
「早く大きくなりますようにって、ぽーんて、してもらうの。たかいたかいよりもとおくに。」
「・・・・何故。」
肝心なところが擬態語だったにも関わらず、アヤナミは「おおきくなーれー」と呼ばれるものがどんなものが理解してしまった。仕事先では私生活が見えないだとか、血の通ってない鉄仮面だとかおよそ父親とは思えない評判があるが、実際のところ息子溺愛の彼は「たかいたかい」くらい知っているのである。
故に、そのフラウがやったという遊びが結構な危険を伴う遊びだというのも理解した。万一下手をして子供を取り損ねてしまえばその子供の命が危ない。
何故そんな事をしたのかと、やや眉を上げて問い詰めると、ミカゲはいっしょうけんめい布団を引っ張り上げようとしながら、少しだけ泣きそうな顔で大きな声で言いました。
「だってね。ミカゲ、はやくおっきくなってぱぱみたいになりたいの。ぱぱのおしごとのお手伝いがしたいの!だからおおきくなーれーでおっきくなるのー!!」
それを聞いた時のアヤナミの姿をもし彼の部下(主にあのサングラス)が見ていたとしたら、あまりに普段とはかけ離れたオーラを前に後ろ足で立ち去ろうとしたかもしれない。その位いつも冷たい雰囲気を醸し出している彼は、ミカゲの発言を聞くと片手で口元の緩みを隠し、
私の子供は、何時だって可愛い・・・・!
・・・とベランダから全世界に向かって叫びだしたい衝動を羞恥心や自尊心ではなく、ましてや常識からでもなく「御近所迷惑」の一文字で抑えました。まあそれも深夜に屋外で叫ばないという常識ではありますが。
二、三回深呼吸をして落ち着くと、未だに怒られると思っていっしょうけんめい布団の中に身を隠そうとしている息子の手を出来る限り優しく包み込むと、動きを止めて潤んだ瞳で見上げてくるミカゲの頭をなでた。
「急いで大きくならずとも良い。」
「でも。」
「お前にはもう、元気になる手伝いをしてもらっている。」
我ながら他人が聞いたら引くようなことを言っていると自覚しながらも、真実なのだから仕方ないと己を慰めつつ、本当?と首を傾げて布団から顔を出す息子に力強く頷く。
するとミカゲはぱっと表情を明るくさせ、布団から出ると嬉しそうに父であるアヤナミに抱きついた。
「じゃあこれからもミカゲ、ぱぱが元気になるお手伝いする!」
おっきくなったらおしごとのお手伝いもする!と小さい体でぎゅっと抱きしめてくるものなので、アヤナミは食べちゃいたい衝動を抑えるのにまたまた必死になるのだった。