友人と/
眠気に苛まれながら戻ってきた部屋の中、窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らしている中で、部屋を出て行く時とは違う違和感に気付く。
「テイト・・・?」
親友の名を呼んで、それでもなんとなくという予感でなるべく物音を立てないようにベッドに近づいていくと、上に行くことさえ億劫なのか、あるいは出来ない程疲弊していたのかミカゲのベッドに倒れ込むようにして眠っているテイトの姿があった。
朝、ミカゲが目を覚ます頃には消えていた親友はまた一つ自分にはいえない秘密を作ってきたらしい。眠りに着く前にかろうじて着替えたらしく脱ぎ擦れられたシャツを見て苦笑を漏らす。
このまま寝かしてやりたいが、如何せんそこはミカゲの寝場所だ。
なんと言っても、このところ冷えてきてもいるので掛け布団にも被っていない今の状態のままでいさせるのは良くないと思い、ミカゲも寝巻きに着替えると一旦起こすためにテイトの肩に手をかけようとした。
「テイ―・・・ああ、起きたのか。」
かけようとして、だがミカゲはその動作を途中で止めた。先に揺さぶろうとした相手の瞼が上がったのが見えたからだ。尤も瞳の色は、何時もの翡翠色ではなく、透明度の高い宝石のような緋色ではあったが。
「お前の無遠慮な手で、我が主を起こされては堪らぬからな。」
「相変わらずひっでえな。そのままだったらテイトが風邪引くかもしれねえから起こそうと思っただけなのに。」
初めて会話したときから変わらぬ口ぶりに僅かに口元を尖らせながらも、それでもミカゲはわずかにほっと肩の力を抜いた、一人では流石に上に上げるのは無理があったが、"彼"が起きてくれたのなら一人で移動できるかも知れないからだ。
"彼"はふむ、と考えるそぶりを見せると腕の力だけで起き上がってベッドの端に座りなおすと両足を一旦高く上げてから地面につけた。
「そうか、それは悪かったな。・・・ふむ、見てみろ。どうやら今回は上手くいったようだ。」
謝罪とともに立ち上がると、嬉しそうに小さく呟く内容にミカゲは心底安堵した。
テイトの中に存在する"彼"・・・名前は知らない、は、こうやって時々テイトの体を借りてミカゲの前に現れる。最初に会ったときは驚いたが今ではこうやって時々会うのも楽しみになってきている。
ただその彼、テイトとの再接続というのが出来ていないとかで、テイトの体を借りても大概の場合が一部分であることが多く、今回のように両手両足が動いて話も出来るのは稀であった。
「よかったああ、これで一人で上がれるな。」
嬉しそうなミカゲの言葉に、"彼"の眉がぴくりと震えた。
と、同時に、紅い瞳が座る。
「何だ。私が自由に動けるというのに、お前は自分の寝場所のことしか頭にないのか?」
「早合点すんなって、まあ確かに楽になったとは思ったけどさ。」
全身で不服を訴える緋色の瞳をまっすぐ捕らえたたままミカゲは彼の、正確にはテイトの頭を撫でた。
それにも不服そうに睨ませてきたが、わずかに染まる頬が本気で嫌がっている訳ではないとしらしめている。
面白いな、と素直に思う。
テイトにこういうことをした時には間違いなく鉄拳が飛んでくるのだが、頭を撫でる行為が子供扱いだと思っていないのか"彼"は嫌がる様子を見せない。同じからだで二つの行動、それが面白い、と見ている側のミカゲは思う。
「どうせならどっか散歩に行くか?お前さえよかったらだけど。」
丁度"彼"の出現で目が覚めてしまったところだ。少しくらいは動きたい。
テイトと"彼"の関係がどういうものなのか、ミカゲは知らない。最初こそ変化に戸惑いはしたが、あえて問いかける気もないまま今に至る。名前についても、一度問いかけた際に濁らされて以来、ミカゲから聞いてみた事はない。
ただ、彼がテイトの事を主と呼ぶ以上主従関係が存在しているのは確かで、だからこそ余計に第三者である自分がテイトよりも先に"彼"の事を知るのは躊躇われた。
「見ろよ、満月だ。」
なんとなく手を繋いでたどり着いたのは寮の中庭、といっても真ん中に円上の花壇があるだけの、それでも窓よりは広く空が見える場所。
切り取られた闇の真ん中にぽっかりと開いた白い円。
花壇の真ん中で寝ころんで見上げたらさぞ気持ちよさそうだ、なんてうっかり呟いたら本当にやろうとしかねない人が隣にいるので口には出さないでおこう。
その代わり、花壇のすぐ横に二人で寝ころんで、心地よい風に包まれながら星空観察。
「な、星座って分かるか?」
まだ繋がったままの手を一瞬だけ強く握り、意識をこちらに向けさせる。
質問に対して鷹揚に頷いて見せると、彼は口を開いて知っている知識を披露せんとばかり表情をし。そこで顔を固めた。
「これは・・・。」
「・・・どした?」
目に見えて解るほど・・・といっても、テイトと違い彼は無表情を装ったりせずに常に自分の好き勝手な表情を作り出しているので、別段珍しいことではない・・・そんな彼でもここまで顔かたちを変えるのは珍しいくらいに歪めて、自由に動く手で頭を抱えた。
「記憶が、上手く引き出せぬ。」
「・・・へ?」
記憶、とは。
言われた意味を一瞬理解できずになんとも間抜けな声を出してしまい、それに緋色の瞳が避難の目を向けてくる。
「覚えていることは『識っている』のだが、肝心のそれが霧の中に隠れたようで出てこぬのだ。」
「・・・じゃあ、言われたらわかるんだけど言葉にできないのか?」
「そうだ。」
なんだそれ。
ミカゲは目を数度瞬かせて首を捻る。それは物の形や言いたいモノの姿は出てくるのに、言葉にできないもどかしさとおなじなんだろうか。
「それって、話せないのとどっちがもどかしいんだ?」
「おまえはまた何を突拍子もない事を言い出すのだ。だが・・・そうだな。」
思ったことを口にすると呆れたような口振りをしたあと、顎に手を乗せてしばらく考え込むようにしたあとに言う。
「話せないよりは、良いな。」
「じゃあいいんじゃね?」
「・・・確かに。」
くすりと口角を上げる彼を横目で見て、視線を星が席巻した空へと戻す。
星空以外、視界に何も移らない。そこに己の指を入れて、知っている星座を象る星を一つずつなぞっていく。船星、糸かけ、長く延びた海蛇に、乗りかかるようにコップと烏。
乙女の片足に触れた所で、自分よりも細い指がミカゲのそれと同じように天をさして、自分と同じ動きををした。
「天の娘。」
ひとつなぞって、彼がつぶやく。
「哀れな子供。」
もうひとつなぞって、また呟く。
「これは?」
「振り回された愚か者の躯だな。」
ミカゲが指をなぞると嘲るような声が上がった。同じように次々と指で星座を追っていくと、たぶん間違っていない解釈で、どこかずれが答えを返す。それだけ聞いてたら空にはバカと悪者が大半を占めているような答えばっかりだ。
「・・・・なあ、もうちょっとましな言い方とか出来ないのか?」
呆れて言ってみれば口ではなく目線で呆れた目線を投げかけられた。
「何故だ。本当のことを言っているだけではないか。」
「一部だけな。」
隣の雰囲気が悪くなるのを感じながらも、溜息をつかざるをえない。
「ちゃんと名前が出てこないからって、そんな天の邪鬼な言い方しなくてもいいじゃね?英雄なら英雄って、ちゃんと言えばいいじゃないか?」
伝説を振り替えれば確かに振り回されている気がしなくもない、最後の星座の物語を考えてすぐ横にある頭に自分のそれをぶつけた。
「痛い。」
「このくらい痛くない。それともお前は、テイトの事以外は認められないのか。」
「そんな事はない、私はお主の事も認めておるぞ。主が友と認めたものならば私も認めている。」
身じろぎをしたのか、ぶつかったままの頭が擦れた。まだ短い若草が風に揺られて互いに擦れあう音が、夜闇に静かな音楽のようにこころのざわめきと同調する。気がついたら頬が、空気が揺れる度に冷えていた。不審に思ったのか隣に寝ころんだままだった"彼"がのぞき込むようにミカゲの視界に写り恥ずかしさのあまり首を掴んで体を引き寄せた。
「・・・何故、泣いておる。」
「お前が吃驚すること言うからだ。」
静かに問うてくる声に対して思わず声を荒げて、繋がっていた手を離し、ただ引き寄せただけの体を抱き寄せた。
「しょうがねえだろ。」
あまり過剰なスキンシップを嫌がるテイトと違い、彼はどちらかというとむしろそれを望むように寄り添ってくる。いつか聞いた、テイトには暖かみを与えてくれる人がいなければいけないと言う言葉どおりに、体にだけでもそれを与えようとしているのかもしれない。
「友達だって、口に出された事なんて、なか、ったんだ。」
嗚咽まじりに言葉を紡ぐと、彼もミカゲを抱きしめて言う。
「・・・主にもか。」
「テイトが言ってたら、オレ、多分めちゃくちゃ喜んで、お前に言ってる。」
だろうな、と言う声を、ミカゲはぼんやりとした視界の中で聞いた。いつの間にか空の星が揺れて星が二重になって見えている。唇が震えるのが止められなず、ぐっと引き結んだら両目から溢れた。こんな夜中に、思い切り叫ぶような事だけはしなくて本当に良かったと、ミカゲが目を瞬かせたらまた溢れた。
「好い加減に泣き止まぬか。」
幼子か、と言葉のわりには穏やかな口調で言われて、空を見上げたまま困ったように笑って見せた。予想通りというか、思っていた通り彼もそれを見ていたようで、体が離れミカゲの視界に再度夕焼けよりも紅い瞳を持つ少年が入ってくる。いつ見ても綺麗な瞳だと、近づいてくるその瞳に魅入られる。
「一つだけ、おぬしに言っておく。」
ふっと、その目が笑んだ。目元だけここまで見事に笑うことが出来るのは彼くらいなんじゃないかと思った次に映ったのは、唇と顎の曲線。瞳にざらついた何かの感触がしたと思った瞬間、ミカゲの思考は停止した。
「我が主になっていたものたちは、あまり友と呼べる者を持つものが少なくてな。ましてや親友と呼べる者など殆ど居なかった。それに、主が友の言う者とこうやって話すこともな。
故に、おぬしのような存在とどう接したら良いのか判らぬ。今のコレも、おぬしの反応を見るに友としては『しない』事だったのだろうな。」
淡々と語る口調と表情のない顔がミカゲの視界いっぱいに写る。友、と呼ばれた時には喜びの方が勝っていたので我慢できていたが、驚愕が勝った今回は我慢できずに叫んだ。
「・・・っ!恋人同士でも中々やらんわー!!」
涙を止めてくれた礼も忘れ離そうと突き出した両腕は、見事に空振りをして宙に投げ出され、そのまま勢いのついた体は片腕を掴んで既に立ち上がっていた"彼"に引かれていき、同時にミカゲの体も必然的に立ち上がった。
「そう怒るな。」
楽しそうに笑う"彼"の運動能力に感心するところなのか、綺麗に笑う姿に見とれるべきなのか、先ほどの行為に怒るべきなのか判らずふてくされたら慰めるように頭をなでられて、なんだかなあ、とため息をついた。
そもそもちょっとした散歩の前、自分は眠るために部屋に戻った筈とミカゲは首を傾けた。同時に不思議そうな顔をした"彼"も首を傾けて真似すんなと思ったか口には出さず。部屋に戻る前には存在した眠気が再びおそってきたのも相まって肩に頭を寄せると先ほどの大声はどこへやら、耳に届くかどうか判らないほどの小さな声で呟いた。
「・・・帰るか。」
「怒ってはおらぬのか?」
「怒ってねえよ。驚いたけど。」
「そうか。」
小さく笑う声が聞こえたが、ミカゲはそれを無視した。なんだか立ったまま眠れそうなくらい気持ちがいい。
「早くかえんねえとここで寝るぞー。」
目を瞑ってぎゅう、と抱きしめると"彼"は少しだけ笑って子供をなだめるように背中を叩いた。これでは先程のテイトと逆になってしまっているな、と自分でも溜息をつきたくなるような言葉が頭をよぎって、ミカゲも同じように少しだけ笑った。