God is in love with melancholy
・テイ→ミカ、瞳ミカ
「テイト、メリークリスマス!」
日付を超えてから戻った部屋の扉を開けたと同時の弾んだ声に、緊張していた顔が一気に溶けた。
「メリークリスマス。っていうか、よくこんな時間まで起きてたな。」
赤い帽子を被ったミカゲは楽しそうに笑ってベッドに座り込んでいる。
「だってさ、テイトからこういうイベントに誘ってくれるなんて今までなかっただろ?嬉しくって眠気なんて来なかった!それに今日から学校休みだしな!」
「ならいいんだけど。オレも用事できるかもしれないから、良かった」
興奮の為か頬を紅潮させている親友に、テイトも少し興奮気味に頷いて服を着替える。去年のクリスマスにも二人でパーティーをしようと言っていたのに、当日に軍から呼び出されて中止になったから。
そんな事があったので、今年は25日以内ならいついかなる時でもパーティーが出来るようにとミカゲが事前に準備していたのだ。・・・多少、先走った感があるが。
奇しくも昨日、急な集収がかかってしまい帰れないかもと焦ったが、なんとか無事に25日までに任務を終え帰ってくることが出来た上、カルに確認25日中は召喚はないだろうとのことなのでゆっくりお祝いできるということだ。といっても、緊急の呼び出しがあるかもしれないのだけれど。
着替えている間に準備してくれたのか、テイトが部屋着に着替えた頃には紅茶の良い匂いがしだした。勉強用の机にはケーキと、ティーポット。ケーキを視野に入れたままふらふらと机に向かうと、ミカゲが苦笑いを浮かべてテイトの後ろにイスを用意した。
「コレ・・・ミカゲが作ったのか?」
「そうだぜ!母さんにレシピ送ってもらって調理場借りて・・・頑張ったと思わねえ?」
どう?と問いかけるミカゲに対して、テイトは呆然とケーキを眺めた。
掌をめいっぱい広げたくらいのサイズなのは、以前作ってくれていたチーズケーキと変わらない。今回のものはホイップクリームで縁取られた中にたっぷりと苺が敷き詰められており、それが艶々と輝いていてすごくきれいに見えこれを食べてもいいのだろうかと思ってしまう。
「凄いな。魔法みたいだ。」
「いやホントに魔法使いみたいなのは、もっとすごいケーキ作ってくるから!屈んでないで座れよ。」
ミカゲがぽんぽんと椅子の背を叩く音で、自分が未だ椅子に座ってすらいないのに気づく。慌てて着席するとミカゲの笑みは深くなって、頭をぽんぽんと撫でられた。
「ほんとはもっとお菓子とか用意したかったけど、ま、深夜だしな。」
「ケーキだけでも十分凄いだろ。前もこの大きさで腹いっぱいになったし。七面鳥なんか用意してたらそれこそ驚いてたけど。」
「やきそばも用意したかった・・・。」
「それお前が食べたかっただけだろ。」
「ばれたか。」
お互いにくすくすと笑って、ミカゲが紅茶を注いだ。いつもと同じアールグレイという茶葉の匂いにテイトは少しだけほっと息をはく。
差し出されたティーカップを、お礼を言って受け取り、ケーキナイフを持つ親友を残念そうに見つめた。
「切るのか・・。」
「当たり前!ケーキは食べ物ですよテイト・クライン君。」
2分の1を更に半分、切り分けられたケーキを見てテイトはもう一度ため息をついた。
苺が敷き詰められているのは中敷きも同じで、綺麗な切れ目からは赤い実が顔をのぞかせている。
「聖歌でも歌うか?」
「前に聖歌なんて知らないって言ってた癖に、よくそんな事言えるな。」
ウインクをしながら言うミカゲに、流石に視線を上げて言葉を返すとやっとこっち向いたとまた笑う。
よくそんな事に気づくなと笑うと一層深くなる笑みに首を傾げ、椅子に座ったミカゲがいやさ、と人差し指で頬をかく。
「クリスマスプレゼントは手作りケーキがいい!って言われて作ってみたけど、ちょっと心配だったんだ。喜ばれるもの作れるかさ。でも、ちゃんと喜んでもらえて嬉しくて。」
ありがとうな、と続けてくるミカゲにテイトは膝に置いていた拳を強く握りしめた。
有難うと言いたいのはこちらの方なのに、先に言うなんてずるいじゃないか。頼んだ通りにケーキを作ってくれ、なおかつこんな時間まで起きていてくれたのに。
「さって、紅茶が覚める前に食べちゃおうぜ!」
「あ、ああ。」
ぽんと手を叩いて会話を切ってしまったので、お礼を言うタイミングを逃してしまいテイトは内心で動揺する。大丈夫慌てるな、まだお礼を言う機会はあるからと自分を落ち着かせた。
未成年ということで紅茶で乾杯して、ケーキは少し押さえられた生クリームの甘さが苺と丁度あっていて、テイトの頬は自然と緩む。
「おいしい。」
「うん、おいしいな。頑張って作ったかいあった。」
ミカゲもふにゃりと頬をゆるめて目を細める。
そういえばケーキって味見できないもんなとミカゲの幸せそうな顔をながめてテイトももう一口ふわふわのスポンジケーキを口の中に入れる。
「ケーキって凄いな。一口で人をしあわせにする。」
「食っていうのは基本そういうものだ。甘いもんは特になぁ。」
うっとりとケーキを頬張りながら言うミカゲに、テイトはそっかと頷いて、食べてばかりでもいけないとフォークを皿に置いて自分の机の引き出しを開けた。
「ミカゲ。」
大切な親友に呼びかけると、きょとんと目を瞬かせたミカゲの前に淡い黄緑色の包装紙でラッピングされた包みを渡す。
ミカゲはまだ意味が分からずに首を傾けている。なんでこういう時だけ鈍いんだ。
「これ、ミカゲへのクリスマスプレゼント。オレばっかり貰っててどうすんだよ。」
「えっ!」
本当に判っていなかったらしく、テイトが無理矢理ミカゲの胸に押し付けると反射で受け取っていたミカゲが驚いた声を上げた。
睨めつけるように見上げるが、ただただ受け取った包みを凝視している親友は気づいていない。諦めて開けてみろよと言ったらこくりと頷いたミカゲが丁寧にラッピングを外し始めた。
「そんなに丁寧にしなくてもいいだろ?」
「ダメ。ラッピングも貰い物の一つだよ。」
真剣な顔で一つずつセロハンテープを剥がすミカゲに、少し恥ずかしくなった。面倒くさそうなことをしているなと思って言ったことだが、自分のものぐさを自ら披露してしまった気がする。いや、それよりも喜んでくれるのだろうか。
包装紙を畳み終えたミカゲは、宝物を開けるように紅潮した頬でそっと蓋をはずして目を見開く。次に彼がしたのは顔中に嬉しそうにして感嘆の声をあげることだった。
「フォトアルバムだ。」
グリーンのクロス貼りのアルバムに、表紙に一枚写真が飾れるようになっている。シンプルなデザインだが容量もあるし良いだろうとおもったのだが。
「ミカゲ、よく写真撮ってるだろ?だからいいかなと思ったんだけど。」
「うん!すっげー嬉しい!!ありがとうなテイト。」
きらきらと音がしそうな程きれいな笑顔で礼を述べるミカゲにテイトは瞳を細める。
残酷な程眩しいその笑顔を見るために買った筈なのに、テイトは少しだけ手に力を込めた。
「よし、この中にオレとテイトの思い出いっぱい詰めような!親友の記録だ。」
「・・・そうだな。」
「・・・ミカゲ。」
ふたりきりの小さなパーティーが済んで、満ち足りた気分のままベッドに入って数十分。
呼ばれた気がして瞳を開けると、夕焼け色の瞳をしたテイトと目が合った。
「こら、何をのけぞっておる。」
「いや、だ・・・いたっ。」
数センチ目の前にいきなり居たら吃驚しないほうがおかしい、と下がろうとして思い切り鼻先をつかまれて、身動きがとれなくなった。下がろうとすると力を込めてくるのだ。当人は楽しそうに喉を震わせているがこちらとしては溜まったものではない。
「はーなーせー。」
「なんだ、つまらん。」
逃げない意思表示のように元の位置にもどって、摘んでいた腕を軽く叩くと今度は唇を尖らせて手を離すのでミカゲは肩を竦める。
「オレで遊ばないのっ。今日は全開だなー。」
「ふふふ。なんなら以前お前が言っていたこぶらついすととやらも試してみるか?少し体を動かしたい気分だ。」
「プロレス技なんて覚えなくてもいいぞ。あと、テイト結構疲れてたみたいだから、体に負担かけるような事しないほうがいいんじゃないのか。」
「・・・ふむ。それもそうか。」
一言一言に不遜に笑ったりつまらなそうにするのを見て眼を細める。テイトと違い、ころころと、まるでそれ自体を楽しんでいるかのように表情を替える彼を見ているのは楽しい。と、同時に、毎回毎回、当たり前のようにミカゲの腕の中に入ってこようとするのに気が気でない。今も唇を尖らせたまま体を下げ胸に顔を押し付けてきたので、心臓の音が早くなっているのに気付かれていないかと焦る。
「そうだ、ミカゲ。お主に確認しておきたいことがある。」
「んー?なになに?」
必然的に抱きしめ返す形になっている腕の中から顔を上げて、緋い眼の少年はミカゲを見た。
さらさらした髪に首元を擽られていたのと、心拍が気になっていたミカゲはほっとしたが、少年の人差し指がミカゲを指して立てられたのを見て眼を丸くする。
「貴様、私へのクリスマスプレゼントは準備しているのか。」
言われて、びしりと固まる自分自身を自覚すると同時に相手の眉間に皺がよっていくのが間近で見えた。
「やはりな。」
「いや、だってタイミングよく出てくるかとかわかんねーだろ!?ケーキなら余ってるけど。」
「それは主へのプレゼントだろう。」
焦って言い訳をしてみるが、相手は頬を膨らませて拗ねるばかりだ。急に出てきてそんなことを言われても困ると言うものだが、確かに出てきたのだから何がしか渡した方がいいのかもしれない。
言葉に詰まって押し黙ること暫し、あっと思わず声を上げてミカゲは胸にしっかりと抱きついてきている少年に問い返す。
「お前は用意してるのかよ。クリスマスなんだから、オレだけ用意するなんてふこーへーだぞ。」
顔を向き合わせたことでまたしても距離が縮んだことに、すこしだけ頬が赤く染まったのを自覚しながらも出来るだけ眉を上げてみると、緋い眼が見開かれた。
自分が渡すことは考えてなかったのか、本当に驚いているようだ。
「そうか・・・それもそうだな。よしミカゲ、望みを言え。」
だからと言ってこの突拍子具合もどうなんだろう。いやいつもなのだけども。
「そんな急に言われても・・・お前は何が欲しいんだ?」
「私の願いはミカゲの願いを聞いた後に言う。さぁ、早く教えろ。」
望み、と言われて困ったミカゲはあえて先に言ってもらおうと返したが、すげなく返されて眉を八の字にする。
欲しいものなら、ある。
それを聞いていいのか、ミカゲはずいぶんと悩んでいた。一度欲しがった時には曖昧にかわしされていたので、あまり聞いてはいけないものだという認識があったからだ。
だが、今彼から一番欲しいものと言えばそれしかない。ミカゲは意を決して口を開いた。
「お前の、名前を教えて欲しい。」
「私の?」
「うん・・・駄目か?」
おそるおそる聞いてみると、彼は最初に聞いた時のように眉を寄せて難しい顔をしていた。
やはりやめたほうが良かっただろうか。ミカゲが内心でそっと後悔していると、少年が浅く長い息を吐いた。
「ミカエルだ。」
やや緊張したように身を固くして呟いた言葉にミカゲは目を見開いた。言って、くれた。昔伝説として聞いた、数年前になくなったラグス王国を守る天使と同じ名前だったけれど、何か関係があるんだろうか。だかその疑問は口にせず、見開いていた目を細め最初に思ったままを伝えた。
「ミカエル、か。綺麗な名前だ。」
復唱して微笑むとミカエルは僅かに目を見開き、何かを言おうと口を開いたが、声になる前に閉じてしまった。何かを問いたかったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
立ち入らずにそれだけを聞く自分を不信に思ったのかも知れない、それでもいいとミカゲは思う。時には聞くことだって大事だろうと思う、けれど名前を言うのに躊躇っていたことが気になって聞けない。聞いてはいけない、と思ってしまうから、いつか話してくれたらそれでいい。
「綺麗と言われたのは初めてだな。」
ゆっくりと口角をあげていくのに代わり、何故が瞳に憂いを帯びたように感じてミカゲは瞳を瞬かせた。
「ミカエル?」
枕に載せた頭を傾けてどうしたと頬に掌をあててみるが、ミカエルは緩く首を振るだけで何も答えようとしない。その代わりとでも言うようにミカエルもまたミカゲの頬に手を添えると、慈しむように頬の十字傷を撫でた。
柔らかな仕草に表情が和らぐのが解る。だというのに、吸い込まれそうな緋い瞳を見つめ続けているからだろうか、心臓の音が妙に近くに聞こえて、不思議な感覚に囚われる。
段々と近くなる顔に気づくことなく、ミカゲはただずっと緋色に魅入られていた。互いの唇が触れても、反応できずにぼんやりと細められた瞳を見つめていただけで、ミカエルが腕を伸ばしてうなじを撫でて、そこで初めて瞬かせた瞳で自分がキスをされていることに気がついた。
「・・・あ。」
離れていった唇から与えられたように、頬も耳もぜんぶ、顔中が熱くなっていくのを自覚してミカゲは緋色の目から逃れるように視線を外した。だがミカエルはそれを良しとせずにうなじを撫でながらもう一方の手で顎を捉える。
「ミカゲ、私のほしいものはお前だ。お前の『恋愛感情』を私に向けて欲しい。」
唇の上に吐息がかかる距離で、ささやくようにミカエルが言った。
恋愛感情って、それは、つまり。
「なん、で。」
「好意を向けている相手に対して同じものを返して欲しいと思うのは、生きているものならば当たり前に思うことだと思うが?」
視界の隅で真っ直ぐに自分を見つめてくる緋い眼が、嗤ったのか少しだけ細められる。
指先が顎を撫でる仕草にわずかに身動ぎして、止めて欲しいと手を掴んだら今度はその手の甲にくちづけられる。慈しむように唇で骨の筋をなぞるしぐさが妙に扇情的でミカゲは思わず視界からの情報を遮断する。
「俺が聞きたいのは、なんであえて『恋愛感情』って言ってるのかってことだよ。」
「そう言わねば判らぬだろう?お主は鈍感そうだからな。」
目を閉じてしまったからか、ミカエルの息遣いが先ほどよりもしっかりと肌に伝わってくる。ついで、何を思ったのか頬や鼻、額へと柔らかいものが押し付けられているのを感じて思わず震えた。もしかしたらこれがミカエルなりの愛情表現なのだろうか、触れあって相手の体温や肌を感じることは話すようになってからすぐにするようになっていた気がする。はじめのうちはミカゲの方からが多かったけれど、最近は彼から触れてくることも多かった。
だとすると、ミカエルは一体いつから自分にそういう感情を持っていたのだろうか。最初のうちは話こそすれ警戒していることの方が多かったから一目惚れのようなものではないだろうけれど。
雨が振るように与えられ続けていたキスが止んだのを見計らって、そっと睫毛を震わせた。薄暗い部屋の中でミカエルの瞳だけが明るく光っているように見えて、少しだけ眩しい。
いつからとか、なんで自分なのか、とか、聞くのは答えを返したあとだろう。掴まれていた手を相手の手と絡ませて頬に添える。目を見開いて驚きの表情を見せるミカエルに微笑んでミカゲは伏し目がちのまま言葉を紡いだ。
「俺も、お前が好きだ。その、恋愛感情で。」
だから、あまり言いたくなさそうだった名前も知りたかった。名前を呼んで好きだと伝えたかったのだ。たとえどんなふうに受け止められてもいいと思っていた想いは思いがけない形で伝えることになったけれど、気持ちに嘘はない。
羞恥心からわざと外していた視線を向けると、緋い瞳はまだこぼれそうに広げられたままだった。その表情にいくらか冷静さを取り戻して笑うと、もうひとつ大事なことを言う。
「でも、その体はテイトのものだ。だから、俺の心は渡せるけど、体は渡さない。大事な親友の体を汚すことはできないからさ。」
性的関係を持つ気はないと言外に告げると、指先の力が込められて手を強く握りしめてくる。呆然とした顔のままふいに開いた口は、あえぐように何度か開閉をしていたが、一度まばたきをしミカエルの瞳に知性が戻るときゅっと引き締められてしまった。
「・・・十分だ。」
何かを堪えるように睫毛を震わせて、くしゃりと笑うとミカエルは自分の胸の中にミカゲの頭を押し付けてくる。
「それに私に性欲というものはないからな。それよりもお主の方が心配だ。」
「何言ってるんだよ。俺だって平気だ。」
そう言うと二人で笑い合って、どちらからともなくおやすみと言った。
腕の中で規則的な寝息が聞こえてきて、ミカエルは半分だけ瞼を持ち上げた。
暗闇の中で灯籠のように見える明るい髪に触れながら、一人つぶやく。
「しかしミカゲ、主がお前のことを恋愛感情で見ていると知ったらどうするつもりだ?私としては本望なのだが、な。」
闇に溶けるような声で、まるで闇に落ちることをよしとする声でささやいて、神は再び瞼を閉じた。