心がうつったから
コナ→ミカ→??(ミカゲはアヤナミのベグライターという設定)
自室に戻ってから行っていた仕事が終わってしまったので、一度執務室に戻ろうと足を向けた先。
自分が仕事が終わったときに全員私室に戻っていたはずなのだが、何故が灯りが着いている執務室に首を傾けた。
通常、一度私室に戻ってしまえば、後はそちらで仕事を片付ける人間ばかりなので今の私のように執務室に戻ってくるものは滅多に居ないのだが。
居るとしたらカツラギ大佐だろうが、あの人ならば中途半端に扉が開いていることはあるまい。
一体誰が、と扉を開けようとする直前、しっかりと締められていなかった扉の向こう側の、視界1センチに見える光景に一瞬手が止まる。
視界1センチの光景に見えるのは、私がブラックホークに入ってから、唯一まともに出来た後輩だった。使えないもう一人とともにアヤナミ様のベグライターとしてつくことになった少年。
彼、ミカゲは特になにかしているといった様子もなく、シュリが使っている椅子に座ったままぼんやりと窓の外を見つめていた。
机に膝をつき、手に預けた顔にはいつも乗せられている感情がなく、まだ成長しきっていない故のやわらかい曲線をありのままの造形で見せており、無意識に薄く開かれた唇とあいまってなんとも言えない色気を出している。
普段ならば、笑っているか怒っているか、ふざけているのかあるいは、仕事に打ち込む真摯な顔がそこにあるので意識をしたことは無い。だが彼も美形の部類に属するのだなと瞳を眇めて、いつまでもあんな顔をさせていたくはないと考えて居るのに気づいていなかったように扉を開ける。
「っ、コナツさん?」
「あれ?ミカゲどうしたの。」
案の定私が見ていたことに気づいていなかった彼は、肩を跳ね上げて驚きこちらを見てきた。先ほどまでまったくの無表情だった顔も驚きに彩られており、私が話かけると肩の力を抜き破顔した。
「コナツさんこそ、こんな時間にどうしたんですか?まだ朝日は昇ってないですよ。」
眉を下げて笑ってくる顔には先ほどの哀愁など見えずに、まるで今私に会えたのが嬉しいとでも言ってきそうな声音で話かけてくる。
一瞬前までの自分を無いもののように振舞う姿に若干の苛立ちと、苛立ちを覚えている自分に驚きながら私も笑って返事を返す。
「持って帰った仕事が終わったから、他のもので片付けられるものがあったら片付けようと思ってね。ミカゲは?」
自分の机に持ってきた書類を置いて横目でミカゲを見てみると、ああ、ともうんとも言えない声を発し苦笑ともつかない顔で頭の後頭部を片手で撫でていた。視線はやや、下向き。
「仕事ではないんですが、ちょっと考えたい事があって。」
「それ、ここで考えなくても部屋で出来るよね。」
人差し指と親指を顎に掛けて軽く首を傾けてみると、彼もそうですねえと首を傾けて見せた。
部屋に二人だけしか居ないからか、今は昼間よりもすこしだけミカゲの心の内側が見える気がする。
「何か、悩みでもあるの?良かったら相談に乗るけど。」
笑顔を保ったまま、そう言ってミカゲの座る机の傍まで歩み寄る。元々彼とは気が合ってよく話もするので、このくらいのことはなんてことないのだが、深夜の二人しか居ない執務室というシチュエーションの所為か妙に緊張してしまう。
尤も、まだ士官学校を卒業して一年も経っていない少年に気づかれるようなへまはしないが。
ミカゲは一瞬だけ私の顔を見上げると、すぐに考えるように視線を空に向けた。
「相談っていうか、そんなに深刻なことでもないんですよ。それにあんまり人に話すのも恥かしいんです。」
そう言って驚いた拍子に離れていた手が再び頬に添えられ、悩んでいるのを顕すように眉を下げていた。恥かしいというのなら聞かないほうがいいのかもしれないと一瞬頭をよぎったが、それもミカゲをもっと知りたいと思う欲求にすぐさま負けてしまう。
「自分が普段いるところじゃなく、わざわざこっちの執務室で悩んでいることがそんなに深刻じゃないなんて、私には思えないな。」
ミカゲは普段アヤナミ様と同じ、こことは別の部屋で仕事をしている。ここでも仕事をしていることはあるが、その仕事の大半はオークの馬鹿息子の事故処理のようなものだ。こちらで悩んでいる理由が見当たらない。
そう言ってミカゲの横に机に凭れるように腰掛ると、見上げるミカゲの視線が揺れた。
「そう・・・ですよね。でも、俺もよく判らないんです。こんな風に人を好きになるなんて、初めてだったから。」
窓へと視線を向けたミカゲの横顔に自然と眉が寄るのを感じて、自分の中でふたたび解読不能なもやがかかるのを感じた。
「好きって、誰かに恋してるの?」
「俗に言う初恋ってやつですね。叶いそうもないですが。」
私の問いかけに肯定してみせて、年齢に合わない諦めのような笑顔を見せる。何だろうか、その顔をみてもやが更に広がったようなように感じる。
「なんで伝える前にそんな風に言うんだ?」
そんなもやを誤魔化すように私も彼から視線を外す。何故か、彼の顔を見てはいけない気がしたから。
だというのに私は、直ぐにその視線をミカゲに向けることになった。
「ちょっと前に伝えてフられて、それでもまだ好きだからじゃないですかね。」
遠くを見つめる琥珀の瞳に一瞬呼吸を失った。
笑顔で何でも隠してしまう所は上司に似ている。但し、彼は少佐のような隠し方ではない。少佐の笑顔が仮面だとするなら、彼の笑顔は、陽だまり。
陽だまりゆえに、影の合間にある光ゆえに、陽だまりの中が眩しくて上手く本質が見えない。けれど結局はその陽だまりの中にあるものに不純物なんてないから、大抵の人はその笑顔の先に気づくのが遅くなってしまったりしている。
つまりは、今の顔もそういう事で。
「全然、判らなかった・・・。」
「判るようにしてたら相手に迷惑かかりますからね。コナツさんだって嫌でしょう?」
あくまでも笑いつづけるミカゲに、私は息をつめることしか出来なかった。
辛い部署でありながら、その仕事内容に臆することなく励む姿にこちらも励まされていたのに、私は後輩の変化に気づくことができなかった。