つまりは、







つまりは私は、どうしようもないくらいあの人が好きだから、甘えさせてしまうのです。




「お早う御座いますヒュウガさん、お目覚めの時間です。」

有明の月が地平線に沈もうという時分、ノックせずに入室した部屋では、定期的な呼吸を繰り返して眠っている部屋の主人がいた。
多少の音なら隣部屋まで聞こえることは無いので、わざと音を立てるようにして歩きながらベッドに近づいていき、シーツを頭まで被り丸くなっている物体を揺さぶる。

「ヒュウガさん起きて下さい。このままでは旦那様の御起床時間に間に合いません。」

遠慮なく全力で揺さぶり頭がある気がする部分のシーツを剥ぐと、やっと目が覚めたのが微かに睫毛が揺れて手がシーツを掴もうとする。その手を払いのけると今度は目を閉じたままで首をくすめてシーツを持ち上げようとするので、仕方なくその手を掴んで止めた。

「コナツ、寒い。」
「先程火を焚き始めたので直ぐに暖かくなります。ヒュウガさんは早く起きて、支度を始めてください。」

薄らと目を開け訴えてくる声にそう返して、クローゼットに向かう。
正面には本日着用するようにと昨日の夜に準備して置いたスーツ一式が置いてあるのでそれらを持って再びベッドを向くと、シーツの中でもぞもぞと体を動かしている様子が見受けられる。
古い貴族で資産家の、一番信任を得られている執事がこんな体たらくだと知ったら何人の人間が嘆くだろうと軽く溜息が洩れる。尤も、自分自身最初は従僕件、彼の助手としてここに来た時は彼の寝起きの悪さには辟易してものだ。

再びベッドに向かうと、ヒュウガさんはシーツを抱えたまま上半身を起こして、きょろきょろと辺りを見回していた。どうしたんだろうと首を傾けていると、くるりとこちらに顔を向けて困った顔をして、その癖妙にのんびりとした声音で訊ねてくる。

「ね、コナツ。俺の眼鏡知らない?」
「ああ、すみません気が利かずに。こちらです。」

サイドテーブルにあった黒眼鏡を渡すとヒュウガさんは礼を言って受け取り鼻に挟むようにして眼鏡をかけた。そうするとこの人の綺麗な紅玉色の目が見えなくなってしまうのだが、此ればかりは彼が譲らないものだから仕方ない。

「食堂に朝食が用意されているのでお早目の準備を。食事を取られている間に旦那様の御朝食はこちらで準備させていただきます。」
「うん、助かるよ。」

支度をしている最中に伝えられることを伝えておく。
ふと横に腕が伸びてきたのを確認して手の先を見てみると、眼鏡ケースがそこに。

「持ってて。」
「はい?」
「お昼過ぎにお客様が来るんだ。その時の眼鏡用。」
「判りました。」

そういって受け取り、確認した中身は色の着いていないものだ。流石にお客様が来たときにまで黒眼鏡のままなのは失礼だと判っているのか、彼は事前に客が来るのがわかっている場合こうやって私にケースごとソレを預ける。見ただけで高価なものだと判るそれを、渡されている信頼感が抜群で少しだけ優越感が生まれるのだ。

「よし、ネクタイの位置もあってる?」
「はい、大丈夫です。」

準備を終えたヒュウガがいつもの最終確認を私に聞いてくる。いつもの返事で返すとヒュウガさんは嬉しそうに笑った。が、違和感。
いつもなら準備を終えた時点で『執事としてヒュウガ』さんになっているはずなのだが、今はまだそんな風に仕事に向かおうとしている様子ではない。
近寄ってきた彼は嬉しそうに笑ったまま、身を屈むとどう動いたらいいか判らなかった私の額にキスを落とした。

「今日も頑張ろうね、コナツ。」
「どうしたんですか、いきなり。」
「んーなんとなく?」

仕事前になんとなくでそんな事をして欲しくないのだけれど。
私の中でキスやハグといった行為は、仕事上での立場から離れるためのものでもあるので。
朝にそういう事をされるとこれからの仕事に支障が出てしまうのではないかと危惧してしまわざるをえない。ただ、本当にそう思っているなら阻めるくらいの速度で落とされていたので、それを停めなかった私にも罪はあるのだけれど。つまりは私は、どうしようもないくらいこの人が好きだから、こういった私自身が抑制していることを許すくらいには甘えさせてしまうのだ。

なんでもないように首を傾けるのが悔しくて、私からも仕返しとばかりに彼の顔を掴んで引き寄せた。
驚いた顔をしたヒュウガさんの唇に己のソレを一瞬だけ重ねて、まだ吐息が掛かるのがわかるような距離で勝ち誇った顔で笑う。

「そちらこそ、頑張ってくださいよヒュウガさん。」
「・・・勿論。」


つまりはそういう関係の、刹那の間だけ驚いたような顔をしていた彼は、瞬きの間に涼しげな目元に笑みを浮かべるに留めていた。
在り様も話し方も変わりないけれど、執事としての・・・私の恋人としては一線を臥す彼に微笑まれ、私も内心の心持を消した笑みを浮かべた。