気になって


夜も更けた寮の一室で、ミカゲは眠れない夜を過ごしていた。

―枕高ぇ…

何度も何度も寝返りを繰り返すがまったく効果の程は見られず。
真新しい枕は五日たってもミカゲの頭にしっくりくることがなかった。

「あーっ、くそ。」

同室の人間を起こさないように小声で呟きながらがばりと起き上がる。この枕の所為でこの寮に来てから寝不足が続いているのだから、多少イラついたって仕方がないのだ。

しかめ面で頭の後ろを掻く。しつけに厳しい母親に見つかれば怒られるであろうが、生憎というか幸いと言えばいいのか。ここは学校の寮で母親が入ってくることもない。
それにしても、とミカゲはぐるりと顔を向けて枕を見る。
枕が替わるだけでこれだけ寝苦しくなるのは結構重大問題なのではないだろうか。
戦場に赴くようになれば移動も多くなるだろうし、当然寝る枕だって替わってくる。
これでも将来有望でいつか部下だって持つ可能性がなくもないトコロにいるのに、
寝不足で判断能力が鈍ったりするのは良くないんじゃないだろうか。いやよくない。
もし戦場に行くようになって、移動するときに必ず持っていくのは枕ですなんて。

「うわ、俺ってカッコ悪い・・・と。」

思わず口走った声の大きさに驚いて両手で口を塞ぎ、そろそろと上を見上げた。
上の人間―テイトは枕が替わっても平気な部類の人間のようで、入居一日目から布団に入ればすぐに寝息が聞こえてくるという寝付きの良さを発揮していた。こちらからしてみれば羨ましい限りで、ちょっとそれ半分分けてくれとか言ってみたくなることがある。

そろそろと音を立てないようにベッドを抜け出し、はしごを二、三段登って顔を覗いた。
――よし、起きてない。
目を瞑って規則的な呼吸を繰り返すテイトにほっとして、ミカゲは顔を穏やかにさせる。
普段無表情に近い顔しかしていない彼もこんな穏やかな顔をするときもあるのかと思いながら。

初めて会ったときから五日たっているしそれなり顔も合わせて話を(一方的に)したりしているのだが、
ミカゲはまだテイトの笑顔を見てない。
こんな無防備な顔をしているのを見るのも今が初めて。
それはテイトの、噂によると元奴隷という過去がそうさせているんだろうな。そう思うとくるしくなった。
今はもう、奴隷じゃないんだから、笑ったっていいじゃないか。
テイトの寝顔を眺めてそう思っていたミカゲは、苦笑を漏らしてはしごを降りようとした。
笑って欲しいと言って笑ってもらうより、自然と笑みがこぼれるようになるまで傍にいてやればいいんだよな。

そう考えて、片足を宙に浮かせた。

「・・・や。」

「っ。」

離れようとした矢先に起こしてしまったのか、ミカゲは顔を再びテイトに戻した。
しかしテイトの瞳は開かれていない。ただ顔だけが先ほどの表情を消して苦痛を耐えるように
眉間に眉を寄せて。

「いや・・・だ・・・。」

洩れ出た声に今度はミカゲは眉を顰める。
悪い夢でも見ているのだろうか。放っておくのも悪い気がして、ミカゲは浮かせた足を戻した。

「テイト?」

囁くように、さすがにこのくらいでは起きないだろうと思っていたら予想通りで、テイトは未だ否定の言葉をうめきながら夢の中にいる。

「テイト。どうした?」

今度は先ほどよりも大きな声。
他の部屋との間仕切りがカーテンだけなのであまり大きな声は掛けられないのだが、まだテイトが起きる
気配は無い。
なら揺さぶってでも起こしてやると、ミカゲはもう一段はしごを上がってテイトの肩に手を伸ばし、肩を掴んでゆさぶろうとする。
その瞬間。

「っ!」

ばっと目を開いたテイトが跳ね起き、壁を背にして臨戦体制を取る。この場合の臨戦体制とは、片手をかざしてザイフォンを繰り出す体制のこと。
急に起きだしたのにも驚いたが、イキナリ臨戦体制を取られた事にも驚いたミカゲは、顔を見開いたまま慌ててて両手を顔の前で閃かせた。

「ちょ、ちょっと落ち着けっ。俺だよオレ、ミカゲ!っておわっ!」


後ろに倒れそうになったミカゲは今度はベッドの端にしがみ付いた。そんなに高さがないといっても数段上がったはしごの上から落ちたらきっと痛いだろう。そんなの戦闘以外では勘弁してほしい。
一連の行動を見ていたテイトはきょとんと目を瞬かせていたが、ミカゲが顔を上げてたははと笑うと、ぱたんと掲げた手を下げて長い息を吐いた。

「お前・・・なんで。」
「ん?ああ、寝付けないで困ってたら上から変な声聞こえてきたからさ、お前も寝付けないのかなーって思って?」

ベッドの端に肘をついて笑顔全開で言ってみる。
悪い夢から起こそうとしたと言うのはなんとなく恥ずかしかった。
瞳をこちらに向けたテイトは、細くした視線でミカゲを捕らえて、軽く顔を揺らす。

「変な声?ってどんな。」
「ん、なんか、いーとかうーとか。」
「そっか。」

瞳を閉じて今度は軽く息を吐く。ミカゲはそれを見て安堵した。
いやだと言っていたことは言わないでおこう。おそらく彼の過去にかかわることなんだろうが、あまり言いたいような昔話ではないだろうし。
ミカゲはふと思いついてはしごを上がるとテイトのベッドに侵入する。驚いたテイトは更に後ずさった。

「何だよっ。」
「俺に警戒するの止めてほしいなぁ。」

苦笑して近寄ってくるミカゲをにらんで、テイトは身を固くする。
その様子に頭を掻いて首をかしげたミカゲは、邪気のない笑顔になってテイトの頭をぽんと叩いた。

「お前がさ、前にいたところなんて俺には判らないけど、ここにはそこまで警戒するものなんてないと思うんだけどな。少なくても俺はテイトに危害加える気はないし。」

ぽん、ぽん。
軽く叩く度に警戒の色を無くしていく代わりに驚きの表情を見せるテイトの、頭を今度は撫でる。
さらさらと流れていく髪の質感が良くて、家にいる妹の髪を思い起こさせた。
だからさ、とぽかんと見上げるテイトに笑みを深くして、瞳を見つめてミカゲは続ける。

「ここにいる間くらいは、毛を逆立てた猫みたいにならないで、もう少し周りに気を許してくれねーかな?」

俺とかさ。
指を自分に向けてミカゲは首を軽く横に倒す。
よしよしと撫でる頭は相変わらずなのだが、テイトはさっきから振り払おうとはしていない。
最初抱きついたときは思いっきり蹴られたから、これは進歩なんだろうかと思って少し嬉しい。

テイトはというと、ミカゲの言葉を聞いて俯いてしまった。
おやと思って顔を覗いてみると、泣き出す寸前の顔で頬を少し染めている。
ああ、照れているんだと気づいて、頭を撫でているのとは別の手で自分の頬を掻いた。
仕上げにもう一度頭をポンと叩いて、再び顔を上げたテイトに向かって笑いかける。

「んじゃ、夜も遅いし好い加減寝よーぜ。って、起こしたの俺だけど。」
「あ、ああ・・・」

まだ驚きから抜け出せていないテイトのベッドから離れて、ミカゲは梯子を降りた。
床に足をつけて自分のベッドに戻ろうとして、慌てた声で自分を呼び止める声が聞こえて上を見上げた。

「ミカゲ、あの・・・おやすみ。」
「おー、おやすみ。」

ベッドから顔を覗かせたテイトに手を振って、ミカゲはにこにことベッドに戻る。
あいつは気がついているんだろうか、自分から声をかけたのは初めてだと言うことを。

今日最後の笑顔はそれが嬉しくてだ。
それがまた嬉しくて布団に入ってミカゲは更に笑みを深くした。

――今日は、ちゃんと眠れる気がする。

一日の最後に嬉しいことがあったのだから。テイトだってきっと、さっきの悪い夢も今日は見なくて済むんじゃないだろうか。そうあって欲しいと、思ってミカゲは目を閉じた。


枕が違うのは、気にならなくなっている。