ひびわれ
注)アヤナミ様が大分壊れています(ギャク的な意味で)
冬の寒い日、外を走る少年は。
「あ、ミカゲ君だ。」
開けた窓から見えた生徒の名前を、ひとり呟く。
誰にともなく呟いた筈なのに、その生徒はこちらに気付いて足を止めた。
お互いに視力が良いのは知っていたので、自分の行動も気づくだろう。ヒュウガはミカゲに向かって向かってひらひらと手を振った。
ミカゲは寒さに凍った顔を明るくする。と、両手をメガホンにして大声で叫んできた。
「さようならー!せんせー!!!」
「おー。」
両手を力いっぱいふって、三階の教室にいるヒュウガに笑顔を向けると、彼は体の向きを戻し駆け足で校門へと走っていく。その足は羽が生えたように軽やかで、まるでスキップでもしかねない。
十字の傷が走る頬は、寒さのせいか少し赤い。
ヒュウガは換気の為に開けていた窓を閉めると、その後姿を見ながら楽しそうに笑う。
「可愛いなぁ。さっすが俺のクラスの生徒。」
「ミカゲは誰が担任であっても可愛かった。」
「って、いつから居たのアヤたん。」
しかもすぐ隣だし。
肩と肩の間が10センチくらいの距離にいる神出鬼没の学年主任は、頬を引き攣らせながら問いかける同僚の声を無視し、片手をそっと窓ガラスにつけて、白い息を吐きながら校門へと向かうミカゲを見続ける。
その情景だけを見れば、瞳に憂いを湛え窓の外を見やる美中年、なアヤナミは、ふっと軽く息を吐と瞳を細めて口端を少しだけ上げた。
「・・・本当に、今日もミカゲは可愛かったな…きっと明日も可愛いのだろうな・・・。」
ヒュウガは突然逃げ出したい衝動に駆られた。全身が栗だっている。ぞくに言うさぶいぼが。
まだ何か言おうとアヤナミが口を開いたのを見て、本能的に続きを聞きたくないと思ったヒュウガは思わず早口で喋る。
「まぁっ確かにミカゲは・・いや、俺の生徒達は皆かわいいよ。素直だし明るいし、たまに校則違反しちゃうけどそれも注意したらすぐに直してくれるし!なにより俺の事慕ってくれてるし。」
「貴様のような男が慕われている理由が判らんがな。特に何故ミカゲが貴様を慕うのか・・・。そういえば少し前まで相談事をしてしていた様だが…相談事なら、学年主任であるこの私にしてくれれば良いものを・・・!」
「・・・今日はよく話すねぇ、アヤたん。俺は少し泣きたくなってきたよ。」
目元に手を当てて泣きまねをしてみる。できるなら本当に泣きたいと切実に願う。
更にできるなら、コナツの胸で泣きたいけど多分蹴られるだろうなーなんて思って視線を遠く窓ガラスの向こうにやると、校門付近でミカゲが他校生二人と親しそうに話しているのが見えた。
どちらも白を基調とした制服で、一人は背の低い黒髪の少年、もう一人はミカゲと同じ位か少し背の高い、薄い金色の髪。
待たせていたようで、両手を顔の前で合わせて謝っているポーズ。
そこに険悪な雰囲気はまったくなく、三人とも笑みを浮かべている。
「…楽しそうだねぇ…。」
「・・そうだな。」
窓枠に手を掛けて少し体重を加えて呟く。
冬の寒さに負けない和やかで暖かな雰囲気に、こちらの顔も緩んでくる。
三人は一緒に何処かに出かけるようで、一通り会話を終えると並んで歩き出した。
ミカゲが真ん中で、右側に黒髪の少年が。金色の少年は自然とミカゲの左に行く。
ああこの二人もミカゲ君が大好きなんだろうな、思わず微笑んでそろそろ職員室に戻ろうとしたとき。
不意にミカゲが左を見た。
左側の少年もミカゲを見て、うっすらと笑みを浮かべ何事かを口にする。
途端に、いつも笑みを浮かべている顔が真っ赤になって
突然、奇妙な音と共に窓に亀裂が走る。
「・・・ってええぇぇぇー!?何してんのアヤたんっ!?」
間近で聞こえたガラスの悲鳴に驚いて隣を見れば、アヤナミの手を中心に窓ガラスが雲の巣状にひび割れている。
驚くヒュウガをよそに、先ほどの雰囲気はどこ言ったと問いかけたくなるような怒りのオーラを漂わせてアヤナミは声を震わせて呟いた。
「あの、ミカゲと恋人繋ぎの男は何者だ…!」
「え?あ、あーほんとだ。」
再びミカゲたちに視線を向けると、金色の少年とミカゲの手が繋がっているのが遠目からかろうじて見える。
・・・なんでこの人、恋人繋ぎであることまで見抜いているのだろう。確か自分より視力弱かったのに。
考えても仕方ない視力のことはさておき、金色の少年に関してうーん、と首を捻って考えると答えはすぐに出てきた。
「あー・・・もしかして彼がハクレン君かな?」
「・・・ハクレン?」
「うん、ミカゲ君のー・・・彼氏? 」
「彼氏だと・・・!?」
ヒュウガの居る方をまったく見ずに、未だミカゲを見続けているアヤナミの手に力が入ったのかガラスの悲鳴がもう一度鳴る。
更に広がった蜘蛛の巣を見て、ああ明日は生徒達に寒い思いさせちゃうな…移動教室多かったっけなと思いながらヒュウガは続ける。
「うん、なんかねー秋口から三ヶ月くらいずっと口説かれてたみたいだよ。俺への相談もそのことだったんだけどさ。」
三度目の、ガラスの悲鳴。職員室に戻る前に掃除する必要がある。
「何故止めなかった。」
「いや俺が止める理由ないでしょー別に誰かと付き合うのは悪いことじゃないし。ミカゲ本人も、別に困ってたから俺に相談してきたってわけじゃなかったんだから。だからえーとそんな怖い目で見ないでくれませんかアヤナミ先生。」
人を殺せそうな視線を向けられて、ヒュウガは思わず後ずさる。
だって怖いんだもん。
アヤナミは再び外へと視線をやると、距離とガラスのひびのせいでかなり見えにくくなったミカゲ達を見、それはそれは愉しそうに笑った。
「ハクレン・・・幸せなのは今だけだ。ミカゲはいずれ私が戴く・・・っ!」
「・・・。」
多分、相手にされてないんじゃないかなぁ。
とは言えない。
不気味な笑いを浮かべる同僚を前に、ヒュウガは肩を落としてその光景を眺めるしかなかった。
冬の寒い日、外を歩く恋人達は幸せそうで、
俺はそっち側に逃げ出したくなりました・・・・。