無自覚の誘惑、計画的に搾取













口の中の空気を吐き出すと気温差で息が白くなる。


見上げる空に雲は見当たらず、第一区では夜でも瞬いていた家の明かりが一切無いため、それこそバケツからひっくり返したような無数の星が何物にも邪魔されずに瞬いている。
星座にさほど詳しくないミカゲでも判る、オリオン座の三ツ星が見えて、声を潜めるのも忘れて思いのままに呟く。


「星きれー…。」


部屋から一番近くにある中庭の、一番開けた場所に毛布と一緒に陣取って、満天の星空を見上げて呟いた言葉は、本来なら独り言になる筈だった。


「そうだな。」


突如入ってきた誰かの声に、肩を跳ね上げて中庭の入り口を見る。
そこに居たのは自分と同じくらいの年齢の、少年。真っ白い服に、白金の髪も少ない明かりで白く見える。どこまでも白いその人は極め付けに肌まで白くて、唯一深い紫紺の瞳が毛布に包まって座るミカゲを見下ろしていた。


「で、お前はなぜこんなところに居る?」

「ハクレン。お前こそ何してんだ。」

「部屋からお前の姿が見えたのでな。気になって来てみただけだ。」


驚きで心拍数の上がった胸元を押さえつけて言うと、歩み寄ってきたハクレンを見上げる。
寒いのか組んだ腕は硬く、頬に赤みが差しておりいつも感じる陶器人形めいた美しさは感じられない。
どうやら彼は、こんな寒い夜に外に出ている自分を心配して来てくれたらしい。ミカゲは申し訳なさに眉を下げると、立ち上がって微笑を返した。


「そっか、寒いのに悪かったな。」

「気にするな。それで、お前は何を?」

「ちょっと、夜空見学。」


再度投げかけられた疑問にミカゲはひとさし指で頬を掻いた。
胡乱な目で見られて思わず苦笑いが浮かぶ。疑問に思われても仕方ないだろう。夜空くらい部屋の窓からでも見れるのだから。


「窓から見てても良かったんだけど、折角空が広く見える場所があるんだしと思ってさ。毛布持ってったら大丈夫かなあと思ってきたんだけど、やっぱ寒いな。」

「この寒さを毛布一枚でしのげると思うな。」


はは、と笑う声に呆れた声とため息をついたのはハクレンだ。
そういう彼も夜着にケープを羽織っただけなので、恐らくミカゲよりも寒いであろう。一瞬吹いた風に、ハクレンの体が震えた。
これはまずい、このままでは自分よりも先にハクレンが風邪を引いてしまう。焦ったミカゲは中に入ることを提案しようと口を開いたが、ほぼ同時にハクレンが自分目掛けて足を進めたので中途半端に終わる。


「とりあえ・・・って、ハクレン!?」


ミカゲに近づいた彼は、ミカゲの片腕を引くと毛布の端を奪いすっぽりと中に入ってしまった。
ミカゲも入っている毛布の中に。不意に近づいた人肌とその冷たさに収まりかけていた心臓がまた忙しなく動き出す。

驚いて動けないままのミカゲの肩に頭を乗せて、ハクレンは安堵の息を吐いた。


「ああ、こうしていると、多少動きにくいと言う欠点はあるが、毛布一枚でも寒さをしのげるものなんだな。」


そう言うなり強く抱きしめてきた友人に困惑し、ミカゲはどうしたら良いのかわからないまま寒さを防ぐことだけを考えてハクレンの背中に腕を回した。そうしているとだんだんと入ってきた冷たさはなくなり、代わりにじんわりと暖かさがやってくる。傍から見た時にどう移るかという疑問は残念なことにミカゲには思い至らなかったが、幸いなことにこの時期・時間に中庭にやってくるものは居なかった。

暖かさが毛布の中に戻ってくると、不意にハクレンの頭が肩から離れた。感じた視線にミカゲも顔を動かして真正面から向き合ってみると、思いのほかハクレンの顔が近い。
完璧に整った顔と見つめてくる視線の強さに寒くもないのに心臓が高鳴る。

どうしたと問いかけると青紫の瞳を眇めて、鋭い口調で名を呼ばれた。


「いいか、もしまた中庭で夜空を見ることがあるのなら、オレも呼べ。お前一人では寒いし危ないからな。」

「危ないって・・・ここ教会の中なのに。」

「教会の中でも危ないヤツには危ないんだ。わかったな。」


有無を言わさぬ口調に頷くと、ハクレンは安心したのか口角を少しだけ曲げて微笑を作った。
ただでさえ綺麗な顔が至近距離で笑ったので、耐性のないミカゲは赤くなるばかりだ。





(これで、二人きりの時間が作れる)


湛えた微笑の奥で、ハクレンはこれから訪れる二人きりの時間をどう有意義に使おうかと考えた。