新着、一件。







「…こんな所で何をしているんです?」
「コナツ君…?」


桜も散っていくばくもたたない春の日、大学構内にあるベンチでぼうっとしていると突然知った声が聞こえ、振り向くと見知った人物。
蜂蜜色の髪とキャラメル色の瞳をした少年は眉を上げて寄って来ると肩に提げていた鞄を横に置いてヒュウガの隣に座ってきた。

「コナツ君こそどうしたの?まだここに来る年齢じゃないでしょ。」
「僕は兄さんのお使いで来たんです。今日の講義で使う資料を忘れたらしくて、取りに帰る時間がないので持ってきて欲しいと頼まれたんです。」
「へー…。珍しいね、アヤたんが忘れ物するなんて。」

コナツには二人の兄が居る。呼び名が「兄さん」の場合は、ここで助教授を務める長兄を指しており、もう一人のことは「お兄(にい)」と呼ぶ。
その、見た目だけなら完璧を絵に書いたような彼には珍しい行動に、ヒュウガは何があったのかと首を傾げた。

「僕もです。フラウ兄ならともかく…そういや、兄さんの所にフラウ兄も居たけど、ヒュウガさんはお兄待ち?」
「そー、一緒に帰るんだよ。」

コナツからの問い掛けに、ヒュウガは顔を緩めた。今日は珍しくフラウから声を掛けてきた。それが嬉しくて下手をしたら躍り上がってしまいそうで(実際、フラウがいなくなってから一人でくるくると踊って変な目で見られた)頭を冷やすのに日陰のベンチに座って待っているのだ。
ちなみに、コナツの二人目の兄というのがそのフラウだ。三人とも容姿も性格も違うので初めて彼らを見る人は兄弟とは思わないし、思えない。
自分自身アヤナミから他の兄弟を紹介された時は信じられなかった。こんなにも正確の違う三人が、兄弟なんて。
思えばその時が初めてフラウと会った時なんだと記憶を辿れば、先程よりも口元が緩んでしまいコナツに見咎められる。

「顔、だらしないですよヒュウガさん。」
「そう?」

だって仕方ないよと心のなかで呟く。今よりも幼い彼を思い出していたのだから。
昔のフラウは今みたいでデカくなくて可愛かったなーと昔の記憶に思いを馳せているヒュウガの横で、コナツはその横顔を眺めていた。

「そんなにフラウ兄と一緒に帰るのが嬉しいんですか?」
「うん。………あ。」

コナツが盛大に顔を歪ませた事で自分が今何に即答したか気づき、ヒュウガは思わず空を仰いだ。
嗚呼だからここで一人で頭を冷やしていたのにと、ヒュウガはため息をつく。気分が昂揚するといつも口から先に感情が出てしまうから、いけないと思ってるのに止められない。

ふと気付くと隣に座っていた筈のコナツが、青空を背にヒュウガの目の前に佇んでいた。
どうしたんだろうとコナツの行動を待っていると彼はヒュウガの体を跨いで肩に手を載せ、左手を頬に添えてヒュウガを見つめてきた。

「コナツ君?」
「…あいつがいいんですか。」
「何が言いたいの?」

わからないとでも言うように笑うとコナツはさらに顔を歪ませてヒュウガに顔を近づけてきた。
後数センチで唇同士が触れ合う距離、困った顔で見詰め返すヒュウガにコナツは瞳を眇めて静かに囁く。

「なんでお兄がいいのかって、訊いてるんです。」

そこで初めて気づく。
この子は自分がフラウを好きだと気づいている。

跨った体はほぼヒュウガを挟むようにして立ち上がるのを拒んでいて、間近には琥珀の目、顔が近すぎてそれだけでも動かすことが困難になっており、結果ヒュウガはベンチから離れられなくなっている。
なんだかおかしなことになってない?と思って首をすくめようとするとそれすらも許さないのか、左手の力が強くなった。 どうやら答えるまで放さないつもりらしい。

どうしよう。


「コナツ。ヒュウガから除け。」
「フラウ…?」

呆れたような、怒ったような声が聞こえてヒュウガはとっさにそちらのほうを見ようとした。だけど左手の強い力に阻まれて適わない。変わりにフラウを見たのはコナツだった。

「早いですよ。エロ兄。」
「早くねえよ。いいからさっさと除け。」

睨みつけてくる弟に向かってフラウもまた半ば睨んでいた。と言っても、それを見ていたのは当の睨まれている本人だけだが。
ヒュウガはといえば、早くこの状況をどうにかしたくて片手を上げてひらひらとフラウを招く。先程も言ったとおりコナツに阻まれてフラウの顔は見れていないが。

「フラウー、助けて。動けない…。」
「しょうがねえな。てかこんくらい自分でなんとかできるだろ。」
「アヤたんとフラウの弟君を無下に扱うなんてできません!」
「いや別に無下に扱ってることにはならねえから、な?」

そういう間にもフラウはコナツの上着の首元を掴んでヒュウガから引き離す。安堵の息をつくヒュウガとは反対に、コナツは引き離されたのを不服とするのかフラウを睨み上げ服を掴んだままのフラウの手を放そうとする。

「・・・っ、放せっお兄!」
「へいへい。」

コナツが行動ではなく言葉で示すと、言われたとおりフラウは手を放す。ヒュウガとしてはもうちょっと放さないでいてほしかったが、立ち上がってコナツに捕まえられないようにはしたのでとりあえずは大丈夫だろう。それにフラウも守ってくれてるし。

「もう用は済んでんだろ。お子サマはさっさと帰れ。」

フラウが子犬でも払うような動作で手を払うと、コナツはまだ何か言いたそうに口を開いた。
だが突然なにかに気づいたように片方の眉を上げると、口を閉じてじっとフラウとヒュウガを見つめ。

「・・・判りました。帰ります。」
「お?おお・・・。」

くるっと背を向けた末弟に違和感を感じたがまあいいか、と息をつく。
ぱたぱたと走っていく姿から先程の行動は見えない。

(さっきのアレ・・・アイツ間違いなく)

そんな弟に育てた覚えは無いんだが、フラウは再び長く息を吐くと今度はヒュウガに向かいなおした。
先程から黙ったままのヒュウガは困惑したようにフラウを見ており、フラウはなんだと言う様に瞳を細くする。

「腰・・・。」
「腰がどうした。」
「そんなに強く抱いてなくても大丈夫だよ?」
「お前さっきまでコナツに襲われそうになっててよくそんなこと言えるな。」
「油断しただけだもん。」

頬を膨らませて反抗してくる辺り、コイツきっとまた気づかないうちに襲われる、という確信をもってしまう。ヒュウガ自身も、油断していただけだというのは言い訳だとわかっていたが、浮かれてていて気づきませんでしたというのは言えないと思いとっさに言ってしまった。

(それに、あんまり至近距離にいられると、勘違いする・・・)

と、内心でヒュウガが思っていることに気づいているのかいないのか、フラウはもう何度目になるかわからないため息をつくと腰に回していた手を離し歩き出した。

「あんまり油断すんな。行くぞ。」
「はーいv」

まだ少し怒っているらしいフラウの横をついて歩いて、少しすると携帯が震えて、止まる。
なんだろうと思ったがさっさと歩いていくフラウを見失わないためには今見ている時間はない。

後で見ようと軽く叩いた携帯には、新着メールが一件。




















「・・・諦めませんから。」

携帯を閉じてコナツは歩いていた手を一度止めた。そして少し考えるように地面に視線を止めると、もう一度携帯を開く。

「まだ、諦めたくないんだ。」

自嘲するように笑うと、コナツは発信ボタンを押した。
ちょっとだけのストレス発散と、ほんの少しの手助けと、そして手助けの見返りのために。

「もしもし、ミカゲ?今大丈夫か?いや用って程のことじゃないんだけど、今日夕飯こっちで食べないかと思ってさ。そう、久しぶりに、ミカゲ達と兄さんと、四人で。」




・・・To Be Continued?