言わないけど
「…雨か…。」
新聞の天気予報を見て、確認する様に呟く。
カーテンを開けたばかりの窓の外を眺めてると、少し強めの雨がどんよりとした空から落ちてきて来始めていた。
「困っちゃったなー…。フラウと出かけるって約束してたのに。」
いま車ないしね、と呟く声に焦りの色はない。意外に律儀な彼なら雨が降っていても一応は来ると知っているからだ。
大きくあくびをすると一度背を思いきり伸ばす。下半身が少し痛んで思わず眉が寄る。
例え一時の遊びだからって、あんな適当な男に体を許すんじゃなかったかなとため息をついた瞬間に勝手に扉が開かれる音が聞こえてきた。
「また玄関あけっぱなしかよ…おーい起きてるかヒュウガ。」
「起きてるよー。」
痛む腰をさすり、ぺたぺた音を立てて玄関まで歩いていくと見知った顔が玄関に入ってくるのが見えた。
勝手に入ってくるなんて、君も人のこと言えないんじゃない?
「起きたてかよ…。」
「いいじゃない大学休みなんだし。ゆっくり寝かせて?」
「お前はいつだってゆっくり寝てるじゃねえか。講義だってよくサボるし。」
んでサボった分は俺のノートで補うんだろ。と文句を言いながら靴を脱いで上がって来るフラウの髪がきらきら輝く。太陽がなくても光って見えるなんて、綺麗だな…。
ふと気づいたら手が伸びていて、思わず手で触れようとしていたのに気づく。
それにフラウが気づいたらしく訝しげな目で見てきた。
「どうした?」
「…〜いや!えーっと、荷物、持とうかと思っ、て?何それ。」
慌ててフラウを眺めていた理由を探し、手元にもっていたスーパーの袋を見て付け足すように言ってから気づく。
どこで買ってきたのか、酒の缶と結構な量の野菜やお肉。なぜ人の家に来るのにこんなに食べ物がいるんだろうと首を傾げると、フラウが回答をくれる。
「雨振ってるから、出かけんのは中止!鍋でもつつかねえか。お互い一人暮らしだから普段鍋なんてくわねえだろ。」
そういえば最近鍋なんて食べてなかった。元々家族以外と食べるのはあまり好きでもなかったし。
でも、フラウとならきっと楽しい。
「いいねソレ。鍋どこだっけなー。」
フラウと連れ立って台所に戻り、鍋を捜し出す。確か昔引越し祝いに貰ったのがあるはずと適当に扉を開けていく。
ちらりと後ろを振り替えるとフラウは買ってきた材料をテーブルの上に出し始めていた。結構な量に見えるが男二人で食べるには丁度いいかも知れない。
「鍋あったか?」
「まだ見つかってないよー。」
「…右下の一番下になかったか?」
「…え。なんでそんなに詳しく言えるの。」
「この間台所借りた時に見つけた。」
言われた場所を開けてみると、本当に見つかって驚くよりも呆れてしまう。
「もしかして覚えてて買ってきたの?」
「まあな。なきゃ買ってこないだろ普通。…つか、お前。」
箱ごと鍋を出してくると不意にフラウが寄ってきた。
なんだろうと首をかしげると起きてすぐにつけたサングラスが上に持ち上げられて、じっと見つめられた。
「何ー?急に見つめてきちゃって。」
内心の動揺を隠して問いかけるとフラウはため息をついてそのままサングラスを取り上げる。
そしてヒュウガの手を掴むとくるりと回って歩き出す。当然、掴まれている方もこけないように歩くわけで。台所を出た所でフラウは前を向いたまま話した。
「仕込みやっとくからちょっと寝てろ。お前あんま寝てねえだろ。」
「そんなことな」
「嘘つけ。」
否定しようとした声は遮られ、ベッドの前に立たされる。
面白くなくて不愉快を顔で表すが、フラウは少し機嫌悪そうにしただけで手を放すと人差し指でヒュウガの目の下を軽く押さえる。
「お前が寝てないのはすぐ顔に出るんだよ。今日は特に酷いぞ。」
と言うとさっさとフラウは台所に戻って行った。
言いっぱなしはないんじゃないと思いフラウが触れた場所に手をやると僅かに熱を持っている気がして。
そんな事ないと鏡を見れば、確かにこれなら誰にでも寝てないって判るかもってくらい、目の下が隈で真っ黒になった酷い顔の自分。
「オレこんな顔でフラウと顔合わせてたの?これは確かに寝てろって言われちゃうよね…。」
ぽつりと呟いた独り言に眉を寄せ、言われた通りベッドに体を預けた。
うつ伏せになって再びフラウが触れた部分を触る。彼がここから居なくなった事で正常な反応を示すようになった頬は、赤くなっているのが鏡を見なくても判るくらいに熱い。
「もー。だからってあんな言い方しないでよね。」
誤魔化すように不貞腐れてみたが、そんなの今更だ。
ここは甘えさせてもらおうと布団を被り眠る体制に入る。目を閉じると台所での作業の音が聞こえてきて何故か安心した。
「変なの。」
今まで家に他人が居て安心したことなんてなかったのに。
大好きとは言えないけど、大好きな人がいるだけで一人より安心できる。なんて不思議な気持ち。
(起きたらいっぱい文句言って、それから沢山感謝しよう)