ins Bett ge-hen




軽くノックを二回。聞こえた返事は軽快。
扉を開けると、昨日とは打って変わって元気そうな、頬に十字の傷がついた少年がいた。





「お早うございます。司教様。」
「フラウでいーぜ。どうだ、体調は。」
「見ての通りですよ。」


ベッドに座って笑顔で答える少年に、昨夜の疲労の色はない。
周りにはここの土産やシスターが作ったお守り用の人形が散乱している。
誰も整理しようと思わなかったのだろうか。

ミカゲは散乱している様子を特に気にしていないようで、貰った林檎の一つを自分で切っている。
いくら回復したからと言っても、病人にやらせることじゃないだろと思い、フラウはベッドに腰掛けてミカゲに手を差し出した。


「貸せ。俺がやる。」
「あ、いいですよオレこういうの得意だし。皆さん忙しそうだから迷惑掛けたくないです。」
「阿呆か。病人が人の心配すんな。」


丁重に断ろうとしたミカゲの手から無理やり林檎とナイフをふんだくって、半分ほど剥かれた林檎の皮を眺める。
林檎の上半分の皮は綺麗に無くなっていて、ミカゲの膝元を見ると敷かれた新聞紙の上にはフラウが取るまで繋がっていた皮の線がある。


「…ホントに上手いじゃねーか。」
「でしょう?いかに長く繋げていられるかが勝負どころなんですよね。」

なんとなく判る気がする。
だからと言って返す気にもなれず、フラウは手袋を取ってミカゲの膝元に敷かれたままの紙の上に皮の線の続きを落としていく。
するすると剥かれていく線は、前に出来ていた分と比べても遜色ないほどに見事に細く繋がっている。

「フラウ司教も上手ですね。」
「まーな。昔っからやってたもんで。」



皮を剥き終わり、テーブルに置いていた皿の上で切り分けてフォークとともにミカゲに渡す。
紙でくるんだゴミを捨てて、その皿を受け取った彼は、にこにこと林檎を食べ始める。
その笑顔の絶えない様子に、あのクソガキと大違いだなと思い、ぼんやりと眺める。
それに気が付いたミカゲが、首を傾げてこちらを見返してきた。ああ何でもないと、言おうとした矢先。

「林檎いります?」
「いる。」

差しだされた林檎の一切れをためらいなく頂く。
噛んでいく度に、口の中で果物独特の甘い味が広がった。


「んー、旨え。流石オレ様が切っただけあるな。」


偉ぶって言うフラウに苦笑いを浮かべて、ミカゲは新たな一切れを右手に持ったフォークに突き刺す。


「半分オレが剥いたのはどうなるんですか。」
「勿論それも含めてに決まってるだろ?という訳でもう一切よこせ。」
「いいですよ。」


自分の口に運ぼうとしたその一切れを、ミカゲはそのままフラウに向けた。
口角を上げてフォークごと頂こうとミカゲの手を取ったフラウは、その手の冷たさに眉を上げる。







なんだ。








この 死人の様な手は。













「フラウ司教?」







見上げてくるミカゲの不思議そうな目に、冷や汗を掻いた己を見つけてはっとする。

「手、痛いんですけど。」
「おお、悪い。」

誤魔化すように林檎を食べると、フラウはフォークを取らないまま手を離した。
先ほどとは反対側に首を傾げたミカゲは明るい笑顔を作ると、新たに刺した林檎の一切れを自分の口に運ぶ。

「驚きました?俺冷え性なんですよ。」
「…は?」
「だから、手先とか、夏場でも氷みたいに冷たい事があって。よく熱さましとか言われてたんですけど。」

元々体温低いのも影響してるんですよねと、笑いながら言うミカゲをフラウは呆然と見詰めてしまう。
冷え性だとか、体温が低いですむ冷たさではなかった気がするのだが。
気の所為だったのだろうか、そう思って、フォークを持っていないミカゲの左手を掴んだ。


冷たい。


「…おい、お前。」
「なんです?」

フォークを空になった皿の上に置いて、にこりと笑ってこちらを向く少年を、フラウは苦いものを見る目で見返す。
先ほどの話は、おそらく即興で作ったものだろう。
それを笑顔を崩さずに言ってのけたこの少年が、自分が何があったのか話せと言われて簡単に話すのだろうか。


「オレの顔に何かついてます?」
「いや…。そういう訳じゃない。」


そう言って、ミカゲの首筋にも手を当てる。
手先ほどではないが、やはり冷たい。


「…司教?」



困った顔で見上げてくるミカゲに気づいて、フラウはふと今の状況を鑑みる。

片手で、ミカゲの手を掴んで。もう片手を首に添えて。

「…MAJIでキスする5秒前ですね。」
「…っカストル!?」

振って沸いた声に驚いて、フラウは両手を上げて扉を見た。
そこには彼特製の人形とともに、わずかに黒いオーラを放ちながら笑顔を作る同僚の姿が。


「…えーと、おはようございます、カストル司教様。」
「おはようございますミカゲ君。使ったお皿は下げましょうか。」
「あ、お願いします。ついでで申し訳ないんですけど、林檎おいしかったってシスターに伝えてもらえないでしょうか?」
「ええ、伝えておきますよ。他になにか必要なものは?」
「大丈夫です。…フラウ司教が固まったままですが。」
「あれは自分が無意識に行っていた行いを振り返って驚いているだけなので気にしないほうがいいですよ。」
「っ違!…いやそれもあるが!」

選曲が古いんだよ!と突っ込みを入れられる前にフラウは首根っこを掴まれた。


「そ・れ・よ・り。朝の掃除が済んでいませんよ。早く行きましょうね。」
「わーったよ!行きゃあいいんだろ。行けば。」


片手で掴まれた手を振り払って、フラウはミカゲに向き直った。
ミカゲは矢張り笑顔を絶やさないままでこちらを見ている。フラウはなんとなくこの笑顔を壊してみたくなった。

何か意表をつくことを言ったら壊れるだろうか。
何か。

「じゃぁまたな。お前の剥いた林檎、旨かったぜ。」

きょとんと目を見開いたミカゲを見て、フラウは満足げに鼻を鳴らした。
カストルは何が楽しいのかという目で見ているが気にしない。
ミカゲはそのフラウの様子を見ると、ふっと息をついて、また笑った。

「こちらこそ、林檎切ってくれて有難うございます。…さよなら。」


哀しそうに。

















扉が閉じられたのを確認すると、ミカゲは己の掌を省みた。
自分でもわかる程、冷え切った手。あのときに奪われた体温とそれから。

「・・・もう、テイトのことあっめらんねえな。」

寒くなってきた時期に、自らの手で親友の冷えた手を温めた記憶を思い起こすと、常とは違う苦い笑みが顔に広がった。




















ミカゲがいなくなるのは、この数時間後。
胃の中の林檎も、消化されないうち。