夕日に向かって
オレンジ色の光が校舎の壁を彩る。この季節の夕暮れは日差しがきつくあまり好きでない。
窓の外で沈む夕陽に顔を顰めて、私は帰宅の途につくため教室を出る。
高校の夏期講習の講師も請け負って自分のしたい事が出来るのかと、知り合いに聞かれた事がある。
確かに自分は仕事ばかり詰めている自覚はあるが、したい事とは何かと聞かれて考えた時、仕事しか思いつかなかったのだ。
つまらない人生だとその知り合いは言っていたが、仕事を怠けて同僚どころか生徒にまで迷惑を掛けているその男を見ているとつまらない人生で十分だと言い切れる。
仮令、多少単調と感じることはあってもだ。
蝉の鳴き声が聞こえる。
夕方に一番煩くなる虫達も、もう少し暗くなれば次第に止んでくるだろう。
「アヤナミ?」
聞きなれた声に振り向くと、柔らかな虹彩を放つ髪を夕陽色に染めた少年が、片手に大きなベニヤ板を持って目をこぼれんばかりに大きくさせている。
「…なんで、いるの?」
「…夏期講習の講師を頼まれた。」
「本当っ!?…〜っ、申し込んどけばよかった…!」
そう言うと顔をくしゃくしゃにして廊下の真ん中に座り込み、がくりと頭を下げてしまう。
…生徒会の仕事で夏休みの殆どが潰れたと以前嘆いていた彼らしくもない言動に、何故そんなに残念そうにしているのかと不思議に思う。
「そんなに勉強したかったのか。」
「ちっがあぁぁうっ!」
思ったままを口にしてみたが間違いだったようだ。
ミカゲは叫んだと同時に立ち上がると、口を真一文字にしたままつかつかと歩みよってきた。
僅かに眉を染める私の前に、立ち止まって人さし指を突き出したミカゲが一言。
「オレはっ、アヤナミが"先生"してるとこ見たかったの!」
言うと、私の脇を掠めてばたばたと走り去っていった。
こんなに古い校舎で、あんな風に走って廊下を壊さないのだろうかと心配してしまいそうな勢いで。
ふと、思い出したことがある。
自分のしたい事はないが、ミカゲと一緒にしたい事なら出来た。
それはそれは言い出すとキリがない程に。先程の僅かな会話も、実はこの講習を受けた時から期待していた『一緒にしたい事』。
それにしてもと口元を緩めると、誰にも聞かれないように小さく呟いた。
「そんなに早く戻っては、その顔を誰かに見られてしまうぞ…?」
夕陽と同じように紅くなった頬を思い出す。