Will you watch the moon with me?
ただそうしたいと思う事を、実際に行動に移すのは難しい。
そうしたいと思う事が、周りに迷惑をかけたり不快な思いをかけるかもしれないから。
年齢を重ねるごとにそういうものはよく見えるようになって、さらに計算、なんて面倒なこともしてしまう。
そう思うと大人って本当に面倒だ。まあ、自分もそうなるんだろうし、そういった駆け引きじみたことは既にいくらか教えられ始めているのだけれど。
そんなことを上官に話したら、あの人はそうだね、と言って苦笑いを浮かべた。
「でもミカゲには、今みたいに自分の気持ちに素直なままでいて欲しいな。」
一人くらい本音で話せる部下が欲しいからねと、ほぼ後付けで言った上官に努力はしますと苦笑いで答えた。
自分の気持ちに 素直に、
一体いつまでいれるんだろう。
歩きながら悩むのは良くない。
って言う事に思い至ったのは、帰り道を間違えていたことに気づいた時。
幸いなことに知っている道だったからよかったけど、これが知らない街中だったら間違いなく迷子だよ。
しっかし、何でオレ参謀部の方向に歩いて行ってるんだ。
いくら親友がそこにいるからって、用がないのに行っても迷惑だ。下手をしたら仕事を手伝わされかねない。
それだけは勘弁して欲しい、こっちだってまだ今日中に終らせないといけない仕事が残っているんだし。
「・・・、・・・はあ、戻ろ・・・。」
窓から見える夕焼けを目に移して、溜息と一緒に呟く。仕事が残っているのは考え事をしていたせいで効率の落ちた自分の所為だけど、今日の量はいつもより少し多い。
でも自分よりも多く仕事をこなしている自分の上官が笑って仕事が終るのを待っていてくれてるのにしんどいなんて言ってられないんだよな。
そうだよ、それってオレが仕事終らないとあの人も帰れないってことだよな。だったら早く帰って続きの仕事をしないと。
しないといけないのに、なんでオレ戻ろうって言ってから一歩も動けてないんだ?
早く
帰らないといけないのに、
「なんでオレ参謀部に行こうとしてんたんだ。 」
気泡がゆっくりと浮かび上がるように、静かに胸の中に現れた疑問が広がって脳を支配する。
わけが判らない。そう思って頭を抱えそうになった時、不意に肩を叩かれて思わず肩を震わせた。
「・・・ミカゲ?」
「テイ、ト・・・。」
オレが驚いた所為か、振り向いたときにはテイトの手は引っ込められていて、代わりに目が大きく見開かれている。
もしかして、と顔を上げてみると。
ああ、やっぱり。
参謀長官サマも一緒デスカ?
見られた?見られてた?一人で立ち止まってうだうだしているオレを、よりにもよってこの二人に!
ああ、どうしよう。
ごまかしとばかりに浮かべようとした笑いも引きつってうまくいかない。
「・・・〜っと、驚かせて悪いな、テイト。」
「・・いや、それはいいけど、何か用か?」
「いや、特別な用事はなかったんだけど・・・なんか足がこっちに来てだな。」
「・・・何で。」
「・・・わかんね。」
苦笑いを浮かべていったら、テイトの目が妙なものを見るものになる。
困ったな。なんて言ったらいいだろう。
自分の気持ちがわからないなんて気分が悪いことこの上ない。靄みたいなものがかかって自分の気持ちが見えない。
顔が熱くなってくるのが判る。思わず自分の足元を見たけどそこに答えがあるわけじゃないから、やっぱり考えないといけないんだけど、答えなんてあるんだろうか。
頭の中で思考がぐるぐると回りだす。昼間も同じようになって仕事にならなかった。
考えてることは違うけど、答えが無いのは今のところ同じ。
このまま居たら二人に申し訳ないし、はぐらかして帰ろうとした時だった。
頭に何か乗ったような感触。なんだろうと思ったが視界に映った自分よりも大きな靴とすぐ近くから聞こえた少し硬質な声がそれが自分のよりも大きな掌だと言っている。
「何があった。」
ふわり、何かが落ちた。
いらないものを落としていくみたいに、少しずつ、頭に載せられた掌が動くたびにふわりふわりと心のなにかがおちていく。
見えるわけでもないそれの変わりに自分と参謀長官の間に横たわる地面を凝視していたのだが、何も言わないのは非礼だ。それに、口に出したら案外判るかもしれない。
「何も、なかったんですけど、仕事が進まなくて、それで・・・。」
そこまで言って、やっとこちらに来た理由がわかった気がした。
あ、そっか、オレって。
「ちょっと気分転換にテイトからかってみようかなって!」
「おいコラそれはどういう意味だよ。」
「でもやっぱり時間も遅くなってきてるんで、からかうのは仕事が終わってからにします。」
気分を害されない程度にゆっくりと体を移動させて掌の温度から離れ、いつもどおりに笑って参謀長官を見上げた。
ああ、でも流石というか、参謀って凄いな。こんなに簡単に理由を引き出してくれる方法を知ってるなんて。きっと中佐とかが塞ぎこんでいるときにこんな風に励ましていたんだろうけど、これはオレにとっても非常に効果的だったらしい。
ただ、何でもないと言った手前、テイトの前でお礼をいうのも憚られたので、心の中で深くをお礼申し上げます。
「では、まだ仕事も残っているので失礼致します。お仕事中にお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。」
テイトも仕事頑張れよ!と肩を叩いて参謀に一礼すると、自分でも吃驚する位簡単に足は参謀室から離れて自分の部署へと戻ろうとしてくれる。
ほっと一息ついたところで、笑顔で隠していた熱が一気に現れて、赤くなっていく頬を隠すのに少しだけ早足になった。
オレが参謀部に行きたかった理由。
「何で、参謀長官の声聞きたかったんだ。」
口の中で小さく呟いて、俺は熱くなった頬を覚ますように片手を当てた。
理由は判ったけれど、その理由がどんな気持ちから来るのかわからなくて困る。けれど、なんとなくこんな不思議は悪くないと思う自分もいて首をかしげたとき、ふと上司が言っていた言葉を思い出した。
・・・まあ、ミカゲは素直な割に自分の気持ちに鈍感なトコがあるからなあ。駆け引き云々よりも、とりあえずそこを治すのが先決じゃないかな。
苦笑いを浮かべたまま言われた言葉。でも、今のオレを振り返る限りではその通りに思えた。