少しの時間と染まる頬






店についた途端に降りだした雨にほっと息を吐く。
今日はツイてる。いや、ツイてるかはまだ判らないか。だって用が済んでしまえばお店を出るのに、その時まで振られていてはたまらない。
少し埃の匂いがする店の奥から、いらっしゃいと嗄れた声が聞こえる。どうやら足音で客が来たのに気づいたらしい店主は、奥の扉からひょっこりと顔を出すと俺の隣にいる人に笑いかけた。

「お久しぶりですね、お客様。」







想像していたのと違い、お店の中は一般の子供用のものもある文房具屋だった。街外れにある小さな文房具屋さんといった風情の店内の一角、小さなスペースに万年筆を飾る場所があり、店主はその中央、万年筆に囲まれるようにして座った。


「では、こちらに致しましょうか。新品をお持ちしますので暫くお待ち下さい。」


くしゃりと皺を寄せた老人が笑いかけるのは、俺ではなく自分の正面に立つアヤたんにだ。チャコールグレーのコートを片手に持って立っている。軍服でないアヤたんなんてめったに見ないからとちらちらと覗きみている俺を背後に、アヤたんは老人と話し込んでいた。


「ああ、頼む。ついでにもう一つ万年筆を欲しいのだが。」
「もう一つ、ですか?」
「ああ、勝手に探しているから、先にそれを頼む。」
「畏まりました。」


カタンと音がして、一時の静寂。静かに振る雨は店の中にまでその落ち着いた音を響かせては来ない。時折思い出したように屋根が落ちる雫の音だけが侵入を許されているようにそっと店内に入ってくる。
表紙を空に彩られたノートをなんとなく手に取って眺めて居ると、ふいに名前を呼ばれてノートを元の位置に戻した。


「どしたの、アヤたん。」
「今日の礼がしたい。好きなものを選んでくれ。」


万年筆を飾る棚に手をついたままのアヤナミに近づいて尋ねると、なんとも珍しい事を言われた。もしかしたら今日はこのまま雷でも降りだすのかしら。それなら傘を買わないとなあと思うのだが、残念ながらアヤナミが指しているのは店内にある好きなものではなく、かるくてのひらを広げて示しているショーケースの中の物だ。


「いや、礼なんていらないよ?というか、一緒にお店についてきただけでこんな高いもの貰えないって。」


アヤナミが示している先は、一般人からするとそれなりの額がするものたちばかりだ。
帝国軍少佐としてそれなりの額をもらってはいるが、これがおつかいのお礼にもらえるようなものではないのくらいは解る。せいぜい、先程見ていたノートくらいで十分の筈だ。
両手を肩の高さまで上げてダメダメと振るとアヤナミの顔が歪んだ。


「しかし。」
「お礼っていうなら晩ご飯おごってよ。ちょっと行きたいお店があるんだ。」


納得出来ないのか言い募ろうと腰を上げかけたアヤナミを制して、ヒュウガが畳み掛けるように口にした。
すると今度は少し傷ついたような顔をする。ほんとにどうしろっていうのさ。


「夕食には、すでに店を予約しているのだが・・・。」
「へ?・・・二人分?」
「ああ。」
「アヤたん最初外に少し用事があるからついて来いって言っただけだよね!?」
「・・・ああ。」


なんていうこと。つまりはコレはアヤたんなりのデートのつもりだったのか。崩れる膝に任せて床に手をつけると大丈夫かと声がかかってくる。大丈夫じゃない。アヤたんの不器用さがまったくもって大丈夫じゃない!
顔を上げてみるといつもどおりの綺麗な顔に、少しだけ両眉を下げた姿でいた。


「デートならせめてそうやって言って?」
「すまん。」


すまんって、やっぱりデートのつもりでここに連れてきたの。奥から物音がしたので、みっともない姿を見られたくもないしと立ち上がって目の前の人物を見つめる。普段は冴え凍るようなアメジストの瞳が申し訳なさそうに揺らいでいるのは逆にこっちが悪い気がするから止めてほしいな。


「デートなら、それこそお礼なんて要らないよ。今一緒にいられる時間だけで十分。」


視線を外すと丁度扉を開けて出てきた店主と眼があった。微笑む顔につられて笑って、すぐにそこから離れた。窓の向こう側からは晴れ間が見えていて先ほどの雨が通り雨だったと知らせてくれている。
今日は何から何までツイてるなあ、なんて思って居たら、後ろから二人の話し声。


「もう一点の方はよろしいのでしょうか。」
「ああ、不要になった。」
「左様ですか。良い恋人をお持ちですね。」


思わず足が止まって振り返ろうかと試みたけど、アヤたんまで「ああ」なんて返事をしてしまったのでそのまま聞こえない振りをした。
近づいた窓に写る情けない自分の顔は、店主にはちょっと見せられないんだ。











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「2時間以内に4RTされたら、アヤヒュウが街中でデートする、甘々な作品をかいてみましょう!」というTwitterお題から。
キスもハグもない甘々を頑張ろうとした結果がコレです・・・。

読んで頂いてありがとうございました!