しっぽ



 尻尾が回って 跳ねて 軽い助走の先で円を描いた。





 どんなレッスンの時でも、大抵嶺二の頭にはしっぽが生える。
 それは、言ってしまえばただ髪をひとくくりにしているだけのものだが、歩くたびにひょっこりと揺れる様が丁度犬の尻尾に見えるので、誰にも知られない内心で、こっそりとそう呼んで楽しんでいる。
 今日も汚れても平気だからと、コンビニで適当に買ったと言っていたゴムでしっぽを作り、当たり前のように跳んで回す。つい数週間前には軽肥満と罵られていた、シャツの裾から覗く腰は引き締められており脂肪の痕は見えない。途中体を捻らせて後ろ向きに着地すると、口元に笑みを浮かべたままにもう一度跳んだ。

 ピーターパンのように楽しそうに宙を舞う姿は犬と言うより猫なんだろうか。だが嶺二の性格上猫というよりやっぱり犬だ。柴犬。
 二回続けて後ろへ跳んで満足したのか、床に足を付けると、腕を振って教科書にでも書かれているようなターンを決め、ふらつく事もなく足が止まる。
 そこで漸く自分が見られているのに気が付いたのか、一般男性よりも大きな瞳を瞬かせると、何しているのと笑って首を傾げた。

「ランランはダンス練習しないの?あ、それともれいちゃんのキレッキレダンスに見惚れちゃったかな!?」
「ジャージとTシャツでやっても決まらねえよ、バーカ」

 先程まで踊っていた疲れを感じさせない調子でウインクをし、片手を上げてピストルを撃つ仕草までつける同僚に呆れを存分に含ませたため息を吐いてがしがしと頭を掻く。
 複数でのレッスンの際にはまわりに気を配りながら、あくまで自分が疲れたからという態で休憩を促すことがあるが、今のようにふたりきりでいる時は、蘭丸のほうが気を遣わずに集中しているのもあり、嶺二も遠慮なく自分の好きなペースで体を動かしている。
 
「てめえみてえに上手く回るにはどうすりゃいいのか考えてた」
「ん?ランランバク転したいの」
「出来て損はないだろ」

 先程まで必死に馴れないダンス練習をしていたせいで濡れてしまった髪はいつもより落ち着いていて、大きな鏡に映る自分に違和感を感じる。頬を伝う汗は拭っても拭っても落ちてくるので、今は首に巻いたタオルに吸収されるに任せた。
 嶺二もうなじの上にあるしっぽ以外はだいたい似たような恰好で、目にかかった汗を手でぬぐいながら蘭丸を見つめている。

 ソロライブの時にはほとんどベースを構えて踊らないので必要はないが、ユニットでステージに上がる際には間奏にでも入れたら華になるだろう。実際、ステージ上で嶺二が回るたびに客席から歓声が沸くのを知っているだけに興味はあった。だが、普段なら自分のしていることに興味を持たれれば嬉しそうにする嶺二が、何を考えるように眉をひそめると渋面を作ってしっぽを横に降る。

「やめておいた方がいい。万が一突き指でもしたら大変じゃないか」

 いつもの作ったほうな態度ではなく、すこし抑えたような低い声に驚いて顔を見やると、真剣な眼差しが蘭丸を射す。だが視線が合うとすぐに視線を綻ばせ、そーれーに!と急にテンションを上げ子供のようにぐずった。

「ランランまで出来ちゃったらせっかくのぼくの見せ場がなくなっちゃうでしょーが!ランランはいつもかっこいいんだからぼくにもかっこいいとこ残しといてよ」
「・・・お前な」

 あまりのテンションの差異にがくりと肩を落としてしまう。
 自ら上げて落とすなと言いたいが、これが寿嶺二なのだろうから仕方ない。さっきまでの真面目な男はどこに行ったのか、茶化したかと思えば、今度は嶺二いわく「蘭丸のかっこいい点」を女子高生のような間延びした声で言いだす。

「たとえばー、ベースを弾く姿とかー、ストイックなとことかー」
「それ以上その口調で話したら殴るぞ」
「ええっ今からが面白いのに」

 両手の指を胸の前で絡ませて、しなを作りながら言うので、視覚からも聴覚からも喧しい。
 もっと遊ばせてほしかったとでも言いたそうにわざとらしく唇を引き結んだ嶺二は、だがすぐに肩を竦めるとでも、と蘭丸と同じように首に巻いていたタオルを解いて顔を拭いて行く。

「ランランにはちゃんとステージ上で輝けるものが他にあるんだから、あっちこっち求めなくても大丈夫だよ。ダンスだってあんまりやらないのに出来てるんだからね。バク転は必ず出来ないといけないものじゃないんだし、興味本位でやらないほうがいい」

 くすくすと笑いながら放たれた言葉に思わず喉を詰まらせる。気付かれていた。本気で言った訳ではない事を。

「何のためにぼくの事見てたのか知らないけど、下手な言い訳なんてランランらしくないよ。・・・さってとー、ぼくもちょっと一休みしようかなっと」

 すれ違いざまに肩を叩いて笑い、軽快な足取りで歩く姿からは疲れは見えない。見せないようにしているだけなのかもしれないが振り返って見た後ろ姿からではそれが演技なのかどうか等わからない。茶色いしっぽが楽しそうに揺れているだけ。
 何故か無性に腹が立った。全部あのしっぽのせいだと思わないと後に支障がでそうなくらいには。

「おい」
「うわっなにすんの」

 大股で近づいて思い切り髪の束を掴むと、つんのめった嶺二から非難の声があがる。痛かったのか少し涙目で見上げてくるのが狙っているようでまた腹が立つ。

「今日、飯いくぞ。てめえのおごりで」
「なんで!?いいけど何で!」

 理不尽!と言いながら結局嶺二は奢るのだろう。こいつはそういう男だ。
 とりあえず店についたら本当に見ていた理由、揺れるしっぽの話でもしてみようか。蘭丸からそんな話をしたら嶺二はどんな顔をするのか、仕事の後の楽しみを見つけて、口元を緩めた。