嶺二に踊らせたかっただけ


大体ダンスレッスンはレイジが一番早い。

普段4人で動くときに1番最初に楽屋入りしているのはボクだ。舞台の練習でもそうだった。
カルテットナイトとしてまとめて楽屋を与えられた時はボク、その次にレイジ。ランマルとカミュはその時々によって順番が変わる。

でも、ダンスレッスンの時だけはボクが30分前に着ていてもそれより早くにレイジがいて、軽い運動と称して適当な音楽を流して思うままに体を動かしている。
そういう時は邪魔にならないよう静かに中に入って、黙ってそれが終わるのを待っている。
レイジもその時は自分の好きなようにしたいのか、入ってきたことに気付いても目線を合わせたまま軽く手を振るか簡単に挨拶だけして踊ることに没頭するから、このやり方は間違ってないんだろう。

今日もダンスレッスンの日。レイジはきっと先に来ている。
適当に歌いながら踊るレイジを見ているのは楽しいと同時に、ソングロボとして生まれたけれども、内から湧き出るアイドル性?そういうものは、まだ身についていない事が多いボクは降りまくアイドルオーラをどこから出しているのか非常に気になる所。プログラムとして身に着けてはいても、経験でしか養えないものをレイジは持っている。この時間はそれを調べられる絶好の時間だった。


事務所内にあるレッスン室の一室は扉にガラスがはめ込まれて、中で誰がいるのかわかる。
今日はそこで新曲のダンスの打合せとダンス自体を合わせることになっている。皆が自分勝手に意見を出し合って、レイジがまとめてボクが記憶し、一連の流れを作る作業。初めのころはまとまりのなさに辟易していたけど、最近はそれが楽しみになっていて、きっと誰かに影響されたのだろうとその影響元がいるであろう場所へ歩いていた。

思った通り、今日もレイジは一番乗りで柔軟を終え、踊り始めているのか綺麗なターンをしている。
出来るだけ静かにはいろうと引き戸に手を掛ける前に、何か小さな違和感を感じて首を傾ける。
いつもと、違う?

中に入ると、しっとりとした曲が流れている。普段はもっと明るい曲か洋楽、古いアイドルソング等を選んでいるから、ボクの中にある膨大な楽曲資料から出てくるはずなのに、この曲は知らなかった。何の曲なんだろう。
もう一つ違う点は、普段ならもともとある振付けも気にせず自由に思いついたまま踊っているレイジが、どうやらもともとある踊りを再現しているらしいことだ。
もとの音源に掻き消える程度に口ずさみながら、どこか違うところを見ている気がするのは頭の中で見た踊りを思い出しているからだろう。
しなやけに伸びる体の動き方がやけに女性的だ。
扉を開けてすべるように中に入ると、その小さな音でも気付いたのか鏡張りになっている奥の壁近くから、レイジの動きが止まってこちらに笑顔を向けた。


「おっはようちゃん!アイアイは今日も早いねえ」
「おはよう。レイジは今日も騒がしいね」
「会った瞬間にそれ言うの!?ぼくまだ何も話してないよー。」


言ったら余計に騒がしくなると分かっていたのに、つい余計な事を言ってしまった。
だって、普段のレイジとはあまりにも違うから。
踊りを止めて近づいてきたので、ついでにと先ほどの疑問ぶつけてみる。


「さっきの曲、知らない」


するとレイジは驚いたのか、近づいてきた体制のまま目をぱちぱちとまたたかせて、それからへにゃりと相貌を崩す。


「めずらしいね、アイアイがぼくが踊っている曲に興味あるなんて」
「普段は知ってる曲だから聞かなかっただけだよ。ついでに言うといつもの踊りが適当だっていうのも知ってる。でも今日は違うでしょ?」
「うん、今日のは動画投稿サイトに上げられてる一般の人の曲だよ。それに合わせてやっぱり一般の人が踊っている動画があったから、それを参考に踊ってたの。でもいっつも踊ってる曲が全部わかるっていうのも凄いねー。ぼく適当に気になったの踊ってただけなのに」


動画投稿サイトと聞いて、早速ボクの中にあるネットワークが検索を始めた。一般人が投稿しているということは、レイジの言うサイトはおそらくあの会員制のサイトのことだろう。ボクとおなじ歌うために創られた女の子の形を模したソフトウェアが一部に熱狂的な人気を博している場所。
そこと、検索サイトで印象に残った歌詞を検索。検索サイトの方で題名が判った。ただ知らないと言ってしまった手前、それを口に出すのは得策ではない。

備え付けられている机に持ってきていたノートパソコンを開くと、さっそくネットワーク内で行った処理と同じ行動を起こす。
すぐに見つかったそれには複数の動画が投稿されていて、どれから見たらいいのかと迷う。
簡易に設けられているパイプ椅子に座ってゆらゆらとマウスを動かしていると、レイジが横に立って画面をのぞき込んできた。


「お?アイアイ見つけるのはやーい!でもぼくが踊りを参考にさせてもらったのはそこにはもうないよん」
「そうなの?」
「投稿主さんが見れないようにしてるみたいだからね。もう一つのところには残ってるから、そっちで探してごらん」


そう言ってボクの手の上からマウスを操作して、もう一つ世界的に有名な動画サイトを開く。
検索バーに先ほどの曲名を入れると、少し灰色がかった動画が一番最初に出てくる。


「これだよ、この一番最初の人」
「女の人?」
「そ。男の人が踊ってるのもあったんだけどねー。軽い運動にならこっちのほうがいいかと思って」


動画を開くと、すぐに音がはじまった。
中に入ってきた時と同じ音調。夏の夕方、少しだけ特別な日を歌う、季節に合わない歌だ。
曲を聞いていると、レイジが何故か隣に座ってきた。今日は何か体調が悪いのだろうか。体温も心拍もいつもどおりなのだけど。


「レイジ、踊らないの?」


いつもなら時間が来るまで踊るなり運動するなりして体を動かしているのに、さっきから通常の行動を起こしていない。
両腕を枕にして横向きにこちらを見上げていたレイジは、うんともああとも言い難い声を上げて丸い目を細くした。


「ぼくが踊ってるの、見たいの?」
「うん。だから聞いてる」
「いやん今日のアイアイすごく素直…うん、一回聞いてからね」


軽くおどけて見せたあと、レイジの騒がしい目と口が閉じた。音を拾っているのだろう。ボクもならって目を閉じた。
さらさらと、海を探す、星の川、笹の舟。
ゆらりゆらりと、迷うように流されて。

薄く目を開けて、視線だけを隣にいるひとに向けると、何も浮かべられていない顔にのぞき見する事を忘れてしまう。
表情を常に浮かべている彼が、ただ静聴して歌の世界に入り込んでいるのを見て、この曲がレイジの感情のうち、どこの琴線を触れたのか気になる。。
なにを考えているの?
そう、聞こうとしたところで睫毛の間からふっと茶色の目が見えて、開いた口を閉じてしまった。


「どうしたの?アイアーイ。そんなに熱心に見つめちゃって!そんなに見つめられたらぼくちん穴が開いちゃう!」


途端に騒がしくなる口と、目。右手を引いて女の子のように頬に手のひらを当てて見せるのはいつものレイジに見えるけど、さっきの踊っている時の顔が記憶の浅いところにまだ残っているからか、ここを見ていないんじゃないかなんて、ボクらしくもない思いが頭をよぎる。

「見てるだけで穴が開く訳ないじゃない。ねえ、レイジがこの曲を選んだ理由は何?」


普段とはまったく違う選曲。違う曲調。適当に思いついたままではなく、この曲の為に作り出されたダンスを踊る意味。
何か理由があるんじゃないかって、勘ぐってしまう。
さっきから言葉を替えて同じことばかり聞いている気がする。でも、メモリを辿ってもそんなことは無い。レイジに対して積極的に知ろうとしているのがいつもと違うだけ。

なのにレイジはふわりと目元を緩ませて笑って、逃げるように立ち上がった。


「理由なんてないよ?ただ、仲良くしてるスタイリストさんに教えてもらったから、やってみたくなっただけ」


両手を絡めてぐっと上に上げながら、レイジはさっきと同じ位置まで戻っていく。ボクのリクエスト通りまた踊ってくれるのだろうけど、やっぱりなにか逃げられたようなイメージがある。
この曲の、音と、詩。何がレイジの心に触れたのだろう。

ゆらゆらと揺蕩う舟。
沈んだ舟は、誰の舟。

聞くことを拒否されたボクは、レイジに声を掛けられるまで見たこともないその映像に意識を費やすことしか出来なかった。