"I Love you."


「月が綺麗ですね」


ふわりと冷えた風が二人の間を通り過ぎる。
ベランダの入り口に座る二人の距離は、あと数センチで肩が触れる程。
ミカゲの左手はアヤナミの右手に覆われていて、甲から伝わる温度に自然と顔が緩む。

見上げる夜空から視線を横に向けると、眩しさに目を細めながらも空から視線を逸らさないままでいる若紫色の瞳。
初めて会ったときは宝石のような冷たさがあったけれど、今ふたりきりで居るときに鉱石の輝きはない。
自分を見るときのそれが夕焼けが夜を呼ぶ時の色に似ているから、ミカゲは夕日が沈んだ後も空を見るのが好きになった。



流星群が見れるからと、夜空を眺める事を提案したのはミカゲからだ。
眠る時間が遅くなると渋るアヤナミを、なんとか宥めてベランダまで来たはいいが、雲一つない空には煌々と輝く月。
満月ではないだけましかと笑いながらしばらく空を眺めていたところに、ふと低い声で呟かれて思わずまじまじと端正な横顔を眺めてしまった。

隣にいる人が、愛をささやくことなんてめったにない。それでも、ミカゲを好いていてくれる事は態度で十分に分かっているつもりだ。
ミカゲ自身、友人に対してはふわふわと飛ばせる言葉も、アヤナミにはなかなか言えないため、できるだけ態度でそれが分かるようにしている。

きっと、アヤナミのように上手には出来ていないけれど。

月より綺麗な横顔は、ミカゲが見つめている間もずっと空を眺めている。
分かりにくい照れ隠しにふと笑みが零れて、静かに頭をアヤナミの肩預けた。

つい最近友人に教えてもらった夏目漱石の逸話なんてちゃんと覚えていないけれど、返事の返し方なら知っている。


「わたし、しんでもいいわ」


"I Love you."


左手をつつむ右手の力が少しだけ強くなって、想いが伝わった事を感じて、ああ、幸せだと誰にも見られず微笑んだ。